って、随分な時間になっちまったな



此処まで来ると
もう街の明かりは届かない。



まだ早いと思っていた夜が
あっという間に
過ぎる感覚は

何年にもわたる
十一月六日という一日だけを
通り抜け続けた時に似ている。







あの様々な十一月六日に
出会った人々は
本当に過去にいた人なのか
それとも
妄想の産物でしかないのか、

それすら今はわからない。


何の目的で
何度も過去に飛ばされたのかも。
















 こうして事件は
終わりの兆しを見せるけれど



助けてくれると信じています



結局俺は
誰かを助けることができたのか?

そんな疑問を
あえて
忘れようとしているの確かで。



撫子は壊れた。
侯爵は消えた。
灯里は出頭する。
紫季はひとり残される。

木下女史が死した事実も
変わらない。

過去に手出しをすることはできません。
未来が変わってしまいます




紫季の言葉に怖気づいて
見ているだけで終わった
最初の十一月六日以降

俺は何をした?




現場に行ったり




調べ物をしたり




挙句、過去にまで行ったけれど
見ていただけだ。















あの時
瞳子を西園寺から
引っ張り出していれば

彼女は
犠牲にならずに
済んだかもしれない。


金を持って来た書生に
あの金の意味を吐かせれば
輝に助言だって
できたかもしれない。






瞳子に危険が迫っていることも
輝や瞳子が侯爵に
何を吹き込まれたのかも
当時の自分は知らなかった。


知らなければ
想像すらできないのだから
悔やむだけ無駄なことだ。

過去が変わらなくて
良かったじゃないか。




そう言ってしまえば
そうなんだろうけれど




何も変わらなかった

それはいいことなのか?


むしろ俺は
変えるつもりだった。

迷宮入りするはずの事件の
真相を暴くつもりでいた。






だから

動かなければ侯爵や灯里が関わっていることはわからずに終わっていた



そうなれば
娘たちの無念を晴らすことも
できないまま
事件は迷宮入りに終わる。

侯爵は
より良いパーツを求めて
犠牲者を探し続けるだろうし
灯里は口を噤んだまま
それに協力し続けるだろう。





何も変わらないようでいて
未来は確実に変わっている。

それがいいのか悪いのか
「彼女」の意に、
そして自然の摂理に
反した行動ではなかったか



それすら
今ではわからないけれど。







でも俺が誰も助けていないのは、

助けたよ

……誰を

俺も侯爵も……撫子も

撫子は……違うだろ



侯爵の動機はともかく
彼女は人形に生まれながら
人間の娘として生きていられた。

より人間らしく
生きられるかもしれなかった。

いくら古くてガタが来てたからって、
侯爵がナイフ振り下ろしたところに倒れ込んで、そのまま歯車に巻き込まれるって不幸以外の何でもないだろ



晴紘の呟きに
灯里は笑みを消した。

晴紘、もしかして偶然倒れたって思ってる?














あの日。

重音を立てて回り続けていた歯車は
撫子を呑み込んで止まった。

と、わずかに震え
それから完全に動かなくなった。









後日、
止まった歯車の下に残っていたのは
指先ほどもない
無数のばねとぜんまいと歯車。
見るからに自動人形のもの。

心の宿りようがない
機械の部品。




それ以外は何もなかった。
侯爵が娘たちから取り上げた
手も足も胴体も

あの 

紅い簪も。





それはまるで

この世界から
撫子の存在を証明する全てが
消えてしまったようで。























でも、彼女は確かにいた。

撫子は


散り際の彼女を思い出す。

まるで別れを惜しむかのように
侯爵の頬を撫でたこと。

目から涙のような何かが
流れ出ていたことも。

撫子はあの時だけ、本当に西園寺様の娘だったんだ

撫子が自分の意思で俺らを庇ったって、
そう言うのか

晴紘にはわかるはずだ

……

……侯爵が……これ以上罪を犯さないよう、に?

人形以上に想ってくれた
相手だからこそ
守りたいと


あの刹那、
彼女はそう思ったのだろうか。




だから晴紘は誰も助けられなかったわけじゃない



そうだろうか。
自分と撫子の接点は一度もない。

撫子が侯爵の行動を憂いて
これ以上罪を犯すなと思うのはわかる。
けれど
そこに自分は関わらない。

俺も侯爵も、撫子もきっと晴紘に救われてる



時計塔の彼女が撫子だと言うのなら
まだしも……。

俺は過去を見たいと言った。
真実を知りたかった

真相を知る者――灯里も侯爵も、昔のままなら口を噤んでいただろう。
事件は灯里の死を最後に終わっていた。
その時の犯人は不明のままか……侯爵が言うように俺になっていたか

撫子が助けたかったのは俺だった、とか……!?
いや。


俺を助けたのではなく、
結果として
侯爵と灯里を助けることに失敗した
だけかもしれない。

侯爵は行方不明だし、灯里は出頭するし、「助けた」とは程遠い


俺が知ったせいで
侯爵の標的に「大場晴紘」が加わり
それが、灯里に
真相を公にする気にさせた。

それが結果として
灯里を生かし、俺が無実の罪で
断罪されることを免れた。

それだけで。

侯爵は行方不明とは言え、社会的死は免れない。
灯里も情状酌量の余地はあるだろうけれど、周囲の目は変わるだろう。
それで本当に「助けた」ことになるのか?

これでよかったのか? 撫子






心の内の棘は
吐き出せないまま
永遠に刺さり続けて

そう……だといいんだけどな




きっと
事あるごとに小さい痛みを
走らせるのだろう。

































道の向こうに森園邸が見える。

星の少ない空を背景に
とんがり屋根が浮かんでいる。

あ、そう言えば時計塔の

晴紘は言いながら
手首に視線を落とす。



その時



鐘が鳴った。














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