誰だ!


侯爵が振り返った。

立ち尽くす晴紘に目を向ける。
腕に何かを抱えている。

薄い茶色の髪。
目を閉じているのは眠っているのか、
それとも――。

……灯里、


見間違えるはずもない。
それは晴紘がよく知る級友の姿。























先ほど玄関先で臭った
血生臭ささもここでは感じない。


血が流れるような怪我はしていない
と、いうことだろうか。

しかし
それが生きていることと
同義にはならない。









灯里をどうする気だ


何故、侯爵の手にあるのかという
その理由も。


晴紘の問いに侯爵は口元を緩めた。

まるで幼子を見るような
穢(けが)れのない、
幸福そのものの笑みを浮かべる。

!?

かつて、森園灯里に言ったことがある。
自動人形の幸福というものを

は?

彼女らは人間になれなかった。
道具としてしか生きる道がなかった。
意に沿わぬ仕打ちを受け、壊され、捨てられ。

そんな彼女らに私は幸福を与えてやれる

何を言っ……


自動人形が
売られた先でずさんな目に遭い
廃棄されることに
灯里が心を痛めていたのは
知っている。


だがそれが今の状況に
どう関係がある?


皆喜んでいるはずだ。
華族の、それも侯爵家の娘として生まれ変わることができるのだから



侯爵家の娘、とは
西園寺撫子のことだろう。

しかし、西園寺撫子はひとり。

「皆」は、なれない。

「皆」とは、


侯爵が言う「皆」とは誰のことだ。




否。
それもわかっている。






やっと最後のパーツが手に入った。これで私の撫子は完璧になる

……!





わかっていたはずだ。
ずっと前から。





わかっていて
認めたくなかっただけだ。































この殺人は全て撫子のため。

撫子に
最良のパーツを集めるため。










「皆」とは、

自動人形を指してなどいない。













それは自動人形の幸福じゃない

何を言う。
ただの道具が人間として、それも高貴な人間として生きていけることの何処が幸福ではないと

その恩恵にあずかれるのは「撫子」という人形ただ1体のみ

今はそうかもしれない。
しかし撫子の例が他の華族の間でも広がっていけば、恩恵を受ける人形は増える

百歩譲って「人形」はそれでいいとする。
しかしそのためにパーツとなった「人間の娘」たちは?

彼女らとて同じだろう。
生前より暮らしは良くなる。着飾って、美味いものを食べて、大勢からかしずかれる生活など望んだところでそうそう手に入りはしない

……そして今度は灯里を?

やはり最後は撫子の血を継いだ子でなければ。
その点、この子は最良だよ。小さい頃から撫子の立ち居振る舞いを覚えさせ、撫子のために育ててきたのだから

女子に生まれてくれればこの身ひとつで済んだ。こんな面倒もなかったのだが……多くの娘に幸福を分け与えてやれると思えばそれも良しとしよう


灯里の母が撫子の母でもあるなら
血がつながっていると
言えなくもない。


そして

聞いた話なんだけどね



幼少時の灯里は
西園寺家に預けられていたと
木下女史も言っていた。

その時に、西園寺にいると殺される、などと物騒なことを仰っていたとか


森園輝は、西園寺の意図を
知っていたのだろうか。














最後のパーツが手に入った

侯爵が灯里を抱えている理由。

……もう、
説明されるまでもない。


首から上なら男も女もない。



















でも、それなら



灯里を殺めたとして、
誰が撫子に
パーツを与えてやれると言うのだ。

協力している人形技師が
他にもいるのか?




自動人形は
時計職人の繊細さよりも
もっと高度な技を必要とする。

歯車ひとつをとっても違う。

いくら古い作品とは言え、
「撫子」を扱える者など
都中を探してもそういないだろう。

作り変えるのだとしたら尚更だ。






紫季、か?

いや


あの娘には無理だ。

簡単な機械類の修理なら
どうにかなるだろうが
自動人形はそうもいかない。


彼女が人形を手掛けていたことなど
今までに見たこともない。







そう言えば、紫季は何処に


侯爵が抱えているのは灯里だけだ。
傍らに立っているのは
身の丈からしても撫子――


――もしくは撫子に似た女、
だろう。


紫季ではない。


あんたもグルだったのか?

……



撫子に似た女は、何も答えない。


【漆ノ弐】生贄を捧ぐ・弐

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