時計塔で出会った娘に、
そして
灯里に、似ている。



簪だけで推測すれば









侯爵はよほど撫子に帰ってきてほしいらしい

やはり彼女は撫子なのだろう。

























しかし陽の下にいる彼女は
此処に来るまでに見かけた女学生や
勤めに出る途中らしい女性らと
なんら変わるところが無い。

機械じみた動きもしない。



亡くなっているはずの侯爵の娘が
生きていた、と

そう言われたほうがずっと納得できる。






















 
あれは本当に自動人形なのか?

本当にあの中には

ばねとぜんまいと
無数の歯車しかないのだろうか。




だとすると
時計塔で出会った彼女は

本当に
「自動人形の撫子」だったのだろうか。










































撫子


奥から声が聞こえた。
晴紘たちは身を潜める。

こんなところにいたのかい?


現れた老人は身なりからして侯爵だろう。
還暦と聞いたが上背もあり
足取りもしっかりしている。

とてもそのような歳には見えない。










侯爵は
まだ日差しと呼ぶには弱い
朝の空を見上げ、

あまり陽の下にいては肌が焼けてしまう。もう部屋に戻りなさい

と、黒髪の娘に声をかける。





自動人形が日焼けするのかは不明だが
彼女は素直に頷くと
手にしていた本を閉じた。













ひとの言葉が理解できるのか?

それとも
ちょうど本を読む動作が止まる
頃合いだったのか。






何十年も共に暮らせば
動きを先読みして
声をかけることも可能だろう。

何十年も……

亡くなった当時の、
止まってしまった時の中で。


侯爵が失くした「娘」は
いつまでも変わらない姿で
そこにいる。





あれほどまでに大事にされれば
自動人形でも幸福に違いない。








具合はどうだね

なおも侯爵は
彼女に話しかけている。

そんな彼に
「娘」はただ微笑んで見せる。









喋れやしないのに








自動人形に喋る性能は無い。

最新作でも聞かないのに
作られて十年は
軽く超えている彼女に
喋らせようというのは無理な話だ。





自動人形は考えることができない。
心も無い。

返事を返すことなどできない。





だからいくら熱心に話しかけても
意味のないこと.



侯爵が撫子に話しかけるのは

幼子がぬいぐるみに向かって
していることと同じだ。

 










だとしたら

































あの日、時計塔にいたのは
「撫子」ではなかったのかもしれない。

着物と簪で
撫子だと思い込んでいただけで。

時計塔の彼女は喋っていた。
自分の意思で。
自分の考えで。


助けてくれ、と。







「撫子」にはできないことだ。









































席を立った撫子を促すように
侯爵も庭に背を向けた。


寄り添うように
家屋に消えていく。



無駄足、だったか


灯里もいないようだし。

そう思いかけた晴紘の耳に
侯爵の声が届いた。

じきに走ることもできるようになる。良い足を手に入れたからね


そんな声が。









【肆ノ参】西園寺邸にて・弐

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