西園寺侯爵邸は
都心に近い閑静な住宅街の
さらに高台にある。
近くには
女学校や師範学校が並ぶ
文教地区があり
緑も多く川も流れ、
都心近くとは思えない。
坂が多いのだけが難点だが
その起伏もここでなら
「風情がある」と言われるのだろう。
そして
黒い金属の柵に
ぐるりと囲まれた西園寺邸は
部外者を寄せ付けない空気を
漂わせていた。
柵の上部は尖った剣先のように天に伸び
侵入する者を遮っている。
見えねぇ
勢いだけで来たものの
中へ入る口実が思いつかず、
晴紘は途方にくれていた。
なんせ
灯里は既に帰った、と
連絡を受けている。
それなのにここへ来たって
いないと追い返されて終わりだ。
彼が中で犯行に及んでくれれば
立ち入る理由もできるのだろうが、
こんなときばっかり、あいつが犯人だったらいいと思うなんて
……最低だな、俺は
幸か不幸か
悲鳴も物音も聞こえてはこない。
……ご覧になりたいのですか?
どうにかして中を覗こうと
四苦八苦している晴紘の後ろから
紫季の声がした。
西園寺邸までの道順は聞いたが、
それだけでは
迷うとでも思われたのだろうか。
まさかついてきているとは
思わなかった。
はじめてのおつかいに行く幼児か、俺は
との思いが一瞬脳裏をかすめたが
舌に乗せるのは辛うじて避けた。
悪気はない。
きっと。
しかし
過去をお見せします
その台詞は
……
嫌なことを思い出させる。
どうせこんなことだろうと思っておりました
そう言うんなら話通してくれない?
こんな早朝にどのような理由で?
それに私とて灯里に同行しているから入らせて頂けるまでのこと。
灯里様のかわりに胡散臭くて目つきの悪い男を連れていたのでは、無理な話でございましょう?
悪かったな。目つき悪くて
「主人の身を案じる好青年」
という認識を本当にしてくれているのか、
毒舌は相変わらず。
それでも
こちらほうが植栽が少のうございます
と手を引っ張ってくれるあたり、
多少は……
株、上がった?
……の、かもしれない。
紫季曰く「少ない植栽」の隙間から
中を覗けば、
外側からは予想だにしない
日本庭園風の建物があった。
離れだろうか。
掃き清められた庭は
落ち葉ひとつなく、
池には錦鯉が悠々と泳いでいる。
雑草とばかり思っていた茂みに
ちらちらと桃色の花が咲いている。
季節外れの撫子のようだ。
撫子……
時計塔で出会ったあの娘は
ここにいるのだろうか。
あの
自動人形にはとても見えない
「撫子」が――
家屋のほうに目をやると
縁側で
黒い髪を片方の耳にかけて
本を読んでいる娘の姿が見えた。
紫紺の着物姿は
時計塔で出会った彼女と同じもの。
と、風が簪を鳴らす。
その簪を直そうとしたのか
彼女は髪に手をやった。
抜いた簪がぽたりと膝に落ちる。
紫紺の上で