ある日の事務所で。

休憩ムードの、のどかな昼下がり。

つかさと千乃が、一緒にチャカチャカとポータブルゲームをやっている。

二人は、ピッタリと身を寄せ合ってソファーに座っている。

プロデューサーの僕はゲームのやりすぎを注意しなければならないかもしれないが、仲が良い様は見ていてほっこりする光景だ。

つかさ

はー、ビーハン楽しかったですねー! 千乃さんとの冒険は、毎回すごく素晴らしいのです!

千乃

えへへ。ちょっと休憩しよっか? くたくた

つかさ

はいっ……ところで千乃さん

千乃

なんだろ、つかささん?

つかさ

わたくしに色々な新しいものを教えてくれる千乃さんなら、分かるかもしれません

つかさ

わたくし、最近気になっているのですが――

つかさ

恋とは、具体的にどういった感情なのでしょう?

千乃

恋?

千乃は首をかしげているだけだが、僕は椅子から転げ落ちそうだった。

恋って……!

年頃とはいえ、アイドルをやっている女の子には、あまり踏み込んでほしくないところではある……!

つかさ

はい。わたくし、都会に来てたくさんの新しいものに触れてきました

つかさ

テレビやゲーム、漫画などで様々な恋愛ドラマといったものが出てくるのですが、具体的なかたちがあるわけでもなく

つかさ

わたくしにはよく分からなくて……

つかさ

分からなければ、伝えることもできません

千乃

言われてみたら、具体的な形はないよね

千乃

むむむー、はーと?どきどき?むずむず?きゅんきゅん?

千乃

……千乃にもよく分かんないかなぁ

……つかさの相談相手が千乃で良かった。

そばで聞き耳を立ててしないながら、そっと胸を撫で下ろす。

これでこの話は終わってくれるだろう。

つかさ

そうですか……

千乃

んー、じゃあつかささん、一緒に恋を探しにいこ?

千乃

千乃もすごく気になってきちゃった

……探しにいく?

つかさ

わぁ! それは素敵です! 素敵です!

え?

なんでつかさはそんなテンション上がってるの?

千乃

えへへ。じゃあねじゃあね、千乃と一緒に恋を探す冒険にしゅっぱぁつ

二人は手を取り合って、立ち上がった。

つかさ

千乃さんと冒険なのです!

つかさ

とってもわくわくします!

……つかさの相談相手が千乃では良くなかった。











*    *    *









千乃

つかささん、大きな声を出しちゃダメだよ?

つかさ

了解なのです!こっそり、こっそりですね……!

つかさと千乃が、少し離れて僕についてきている。

恋を探す冒険と言っていたけれど、何をするつもりだろう……。

これは、もしかして僕を監視するつもりなのだろうか。

何故僕がターゲットなんだ。

たまたま近くにいたからか。

二人は隠れているつもりなのかもしれないけど、丸見えだ。ここは気付かないふりをしていた方がいいんだろうか……。

ひかり

あ、プロさん! おつかれさま!

休憩室に足を運ぶと、ひかりが一人、自主勉強をしていた。

プロデューサー

ひかりは勉強中かな? えらいね。何か飲み物でも入れようか

ひかり

ええっ! そんなそんな、プロさんに入れてもらうの悪いよー

ひかり

飲み物は持参してきてるから大丈夫っ

ひかりが机の上に二リットルのペットボトルを、どんと置いた。

とても用意がいい。

プロデューサー

そっか、なら僕の分だけお茶いれようかな

ひかり

プロさん、喉渇いてるなら、これ飲んでもいいよ!

と、勢いよく言った後、すぐに気まずそうな顔になった。

ひかり

あ、でもこれ私、さっき口つけちゃったんだった……

ひかり

さすがに恥ずかしいや……へへへー

はにかんだ笑みを浮かべるひかり。

千乃

あれは恋かもしれない

背後からこっそりと目を光らせている千乃が放った言葉を、僕は聞き逃さなかった。

つかさ

あれが恋……!?

つかさの驚いたような声も聞こえてくる。

つかさ

ペットボトルが恋のかたち……!

違うと思う。











*    *    *









ダンスレッスン上りの空子に、仕事の打ち合わせの為に会いにいった。

空子

えへへ、プロデューサー! おつかれさまです!

元気な笑顔で駆け寄ってきた空子だったが。

空子

――わぁっ

激しいダンスレッスンの後だ。疲労で足がもつれてしまったらしい。

転んでしまいそうになるのを、僕は慌ててガシッと受け止めた。

プロデューサー

だ、大丈夫だったかな、空子?

胸の中にいる空子に聞いてみると、ぐいーと押されて身体を離されてしまった。

めずらしく、空子の顔が真っ赤だ。

空子

ご、ごめんなさいプロデューサー!

プロデューサー

い、いやいや謝ることじゃないよ。怪我はなかったかな

空子

はい、大丈夫です

空子

プロデューサーに受け止めてもらえなかったら、危なかったです……

空子

え、えへへ、助けてくれてありがとうございます!

空子はまだ動転しているみたいで頬が真っ赤だし、なんだか申し訳ない気持ちになった。

千乃

あれは恋かもしれない

千乃、まだいたのか……!

つかさ

あれが恋……!?

ということは、うん、つかさもまだついてきてるよね。

つかさ

むぅ……。ダンスレッスンが恋のかたち……

だから違うと思う。











*    *    *









ボイストレーニング上りのミユに、仕事の話があったので会いにいった。

ミユ

あれぇ? プロデューサー、どうしたん?

プロデューサー

おつかれさま、ミユ。ちょっと用事があってね

ミユ

またまたぁ、自分に会いたかったんやろ?

とろけるような笑顔で、ミユが言ってくる。

ミユ

プロデューサーは、自分の顔を一日でも見れんと、寂しくなってしまうんやなぁ

ミユ

ほんま、自分ナシでは生きられないんやね

調子づいて言ってくるミユに、苦笑が漏れた。

プロデューサー

そうだね。僕はミユなしでは生きられないよ

ミユに乗って言ってみると、意外なことに目を見開いてきた。

ミユ

なっ、い、いややぁ……!

ミユ

冗談やったのに、そんな本気で来られたら恥ずかしいやん……! あかんわもう~

何故かすごい笑顔でバシバシと殴られてしまった。

千乃

あれは恋かもしれない

うん、もう流れ的にいること知ってた。

つかさ

あれが恋……!?

つかさもいい加減、驚愕するのやめようね。

つかさ

む、むむ、むぅ……プロデューサーをばしばし殴るのが、恋……

そんな痛い恋は嫌だ。











*    *    *









色々すませて事務所に戻ってくると、つかさと千乃の二人はすでにソファーに並んで座っていた。

あんなにピッタリとくっついて……仲良しなのはいいことだけど、この二人は寄り合うと何か危険な香りもしなくもない。

千乃

くたくた。つかささん、恋がなんなのか分かったかな?

つかさの方は少し元気がないように見える。

つかさ

千乃さんは、どうだったのでしょう……

千乃

んー……千乃にはよく分からなかった、えへへ

つかさ

はい、わたくしもです……

つかさは答えが見つけられなくて、元気がないのかもしれない。

でも恋の感情に明確な答えなんてないものだし、仕方ないことなのだと思う。

つかさ

千乃さんとの恋を探す冒険は、楽しくてワクワクするものでした

千乃

うん。千乃も楽しかったよ

つかさ

けれど、わたくしなんだか胸がもやもやしてしまって……答えが見つからないせいなのでしょうか……

元気がないつかさが心配になって、僕は二人のそばに行ってみる。

プロデューサー

おつかれさま、つかさ、千乃

千乃

あ、プロデューサー

つかさ

プロデューサー!

つかさがすっくと立ちあがって、僕に歩み寄ってくる。

つかさ

……えい、えい

おもむろに、胸をぽかぽかと殴られてしまった。

全然力は入ってなかったけれど、頬を膨らませているのでどうやら拗ねているらしい。

つかさ

プロデューサーのせいです! わたくし全然分からなくなりました……!

つかさ

でも、変な気持ちになってしまうのです

つかさ

ペットボトルとかダンスとかバシバシとか、プロデューサーのそういうところを見ていると

つかさ

なんだか胸がモヤモヤして、もうもうってなるのです!

つかさ

だから、答えが分からないのはきっとプロデューサーのせいなのです……!

プロデューサー

ご、ごめん

なんで僕が謝っているのかは謎だ。

つかさの頭越しに、千乃が目を光らせてこちらを見ていることに気づいた。

千乃

あれは恋かもしれない

それはもういいよ……。

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