ロイエ国国王マルスは
城の頂きから眼下の群集を見下ろしながら
静かに呟く
ロイエ国国王マルスは
城の頂きから眼下の群集を見下ろしながら
静かに呟く
増え過ぎだ
300年ほど前
マルスが今と同じく
国の有力者たちを集め見下ろしていた頃に比べ
その数は10数倍以上に増えている
節操なく増えおって
気持ちの悪い
やはり、間引く時期に
来たようだな
その声は群衆には届かない
仰ぎ見る相手の真意など気付けず
群衆は王の言葉を歓声とともに待ち続ける
だが――
…………
王は何一つ口を開かない
無言のまま見下ろし続ける
王の言葉を望み
この場に集まった群衆は
王の沈黙に耐えられなかったのか
ひとり、また一人と歓声を途切れさせる
ゆっくりと波が退くように
群衆の声が薄れていき消え失せた
まさにその瞬間――
諸君!!
高らかに王の声が響いた
私はキミ達に
言いたい事がある!
その声は身体を震えさせるほど強く
心臓に突き刺さるほどに鋭い響きを持っていた
世界は
人間の物だ!
王の言葉は耳にするほどに
とろけるように甘く
心の内に入り込んでくる
だがそれを
犯す者が居る!
魔族だ!
そのような不条理
許すべきではない!
なればこそ聖戦だ!
今日この場に
集まった諸君!
君達は戻り
皆に伝えるが良い!
時は来たれり!
今こそ魔族に
蹂躙されし大地を
取り戻す時が来た!
勇気ある者よ!
神と国を
愛する者よ!
英雄たらんと
欲するならば
聖戦に参加せよ!
1分にすら満たぬ演説
だが王の言葉は皆の胸に響き
大気を振るわせるほどの大歓声となって
長く長く響き渡る
それを――
二束三文にもならねぇな
こいつら
城の窓から隠れるようにして見ていた
シチーリは胸中で呟く
よくもまぁ、あんな戯言を
疑いもせず受け入れるな
元々この大陸の大半は
魔族の生存圏だったってのに
500年前に故郷の大陸から
俺らの先祖が天変地異で逃げて
この大陸に来た時
わざわざ生存圏を
魔族が分けてくれたから
今の俺達が居るんだろうに
もっともそんな歴史
人間社会じゃ王族に
消されてるから
ここに集まった奴らが
知らずにはしゃぐのも
しょうがねぇかもしれないが
それに――
シチーリは、未だに余韻のように残る
王の言葉を振り払うように
眉を寄せる
神より与えられし
王の権能(キングスチート)の一つ
扇動者の声(デマゴーグ)
この国の生まれじゃない俺ですら
意識を持ってかれそうになるんだ
昔から聞かされてる奴らじゃ
どうにもならないか
どこか憐れむように思いながら
シチーリは眼下の群集を見詰めている
そんな時だった――
シチーリ殿
老年の域に差し掛かった騎士が
部屋に入りシチーリの名を呼んだ
これはこれはレヴェル様
何のご用向きでしょうか
ロイエ国・近衛隊長レヴェル
40年以上、王の傍に仕え
更には娘が庶子とはいえ王の子を産んでいる
王の忠臣とも言える立場の男であったが
娘が産んだ子供が【特殊】であった為に
王の傍に居る事を許されながら
地位は低いという奇妙な立場の男である
様づけは、よして下さいな
天下の大商人相手に
そんなこと言われたら
むずがゆくてしょうがない
娘が王の側女になってくれたお蔭で
ちぃとばかりイイ目見てるだけの
ジジィですよ、私は
せいぜい小間使い
みたいなもんですからなぁ
今も、王の命で貴方を
呼びに行かされてるぐらいです
……それは、王の御前に出る事を
許された、という事ですか?
ええ! 光栄なことですぞ!
この国の人間でもない貴方が
御目通りを許されたのです
タヌキ親父が
シチーリは内心を表に出さず
神妙な表情で頷いた
ええ。実に光栄なことです
外国人でしかない私が
栄えあるロイエ国国王に謁見できるなど
来た甲斐がありました
はははっ、正直な方だ
ささっ、王がお待ちですぞ
参りましょう
はい
さって、鬼が出るか蛇が出るか
王を相手の騙し合い
楽しませて貰いますかねっと
そうしてシチーリは
悪ガキめいた稚気を腹に呑みこみながら
王の元へと向かって行った