プロデューサー、おはようございます

ある日の事務所で。

唯に声をかけられて、デスクに座っていた僕は振り向く。

プロデューサー

ああ、おはよう……ゆ、い?

留奈

ちょ、ちょっと瀬月! それ……!

ひかり

どうしたの? 留奈ちゃん、唯ちゃん……って、えええ!?

ちょうど居合わせた留奈とひかりが僕らのところへ寄ってきた。

楓は少し離れたところに立っている。

留奈、ひかりとも、呆然と唯を見ていた。

それはもちろん僕もだ。

注目を浴びた唯は困惑顔で立っている。

私、何か変……?

留奈

へ、変どころじゃないわよ! その目の下の隈! ひどい! ひどすぎるわ!

ひかり

ぁああ唯ちゃん、目も赤いし……なんだかフラフラしてるし……

ひかり

ね、寝不足? 大丈夫!? ぎゅーってしよ、寝よ!?

あ、ああ……ううん、大丈夫

留奈

大丈夫じゃ済まされないわよ! よく見たら指先もバンソウコウだらけだし!

留奈

……瀬月、明日からモデルの仕事の撮影じゃなかった?

う、うん

留奈が悔しそうに、唇をきゅっと結んで唯を見ている。

留奈

留奈たちはプロなのよ。コンディションの調整も行えないのは、仕事の姿勢として間違っているわ

ひかり

ま、まあまあ留奈ちゃん。唯ちゃんはすごくしっかりしてると思うんだ。だから唯ちゃんなりの事情があるんだろうし…

……ごめん……

唯は説教されたら全てまっすぐに受け止めてしまう子だ。

留奈からの言葉に、ますます表情が沈んでしまった。

留奈も唯があまりに素直に受け入れてしまうものだから、後悔がありありと表情に浮かんでいた。

ひかり

ああぁ、どうしようプロさぁん……

プロデューサー

……謝らなきゃいけないとしたら、それは僕も一緒だ

全員きょとんとした表情になっている。

ひかり

なんでプロさんが謝るの?

プロデューサー

……僕はここ最近、唯のしていることを知っていたのに、それを止める決断が出来なかった

プロデューサー

撮影の仕事は、少しスケジュールの都合がつくか聞いてみる

! わ、私、できます! 調子だって、すぐに整えて…

留奈

瀬月、あなた本当にそんな仕事のやり方で納得できるの?

留奈

留奈はプロデューサーの意見に賛成よ。何があったかはしらないけど、中途半端なことはしない方がいい

留奈

失態は甘んじて受け入れなさい。一旦休んで……絶対に次で挽回して

言い捨てて、留奈は事務所を出ていってしまった。

無言でうなだれる唯に、ひかりが抱きついている。

ひかり

ああ唯ちゃんいいこいいこいいこ……元気だして

ひかり

留奈ちゃん、唯ちゃんの載ってる雑誌の発売すっごく楽しみにしてるみたい。唯ちゃんのファンなんだよ。だから厳しくなっちゃうのかも……

ふふ、平気……ありがとう、ひかり

留奈の言ってることは当たってるから。次で、挽回するよ

唯に笑顔が戻って、僕もホッと胸を撫で下ろす。

それまで離れたところで見守っていた楓が、楚々と寄ってきた。

みなさん、お茶をごよういします

いちど、きゅうけいしましょう

いつも楓は抜群のタイミングを見計らってくれている。

楓の提案に、唯、ひかりは和んでうなずいた。

*  *  *

僕は仕事先への連絡を入れ終えて、一息ついた。

ひかりと楓はどこかへ行ってしまい、唯は一人、ソファーに座っている。

僕は唯へと歩み寄っていった。

プロデューサー

唯……ちょっといいかな

プロデューサー、今日は本当にすいませんでした

プロデューサー

うん、まぁそれは気にしないで。気に病んでもいいことはないし

プロデューサー

留奈の言う通り、次また頑張ればいい

……はい

プロデューサー

でも、ひとつだけ……言わなきゃいけないことがあるんだ

これを口にするのは、本当にためらわれた。

でも、僕は彼女たちのプロデューサーだ。保護者でも友達でもない。

だから僕は、唯に言わなければならなかった。

苦渋の決断は、僕の喉を詰まらせてしまう。ぐっと拳を握り、無表情につとめて、やっと口を開く。

プロデューサー

唯からのホワイトデーの手作りお返しは、禁止にする

禁止……そうですよね

そのほうが…いいとおもいます

僕が口にする前から、なんとなく覚悟はしていたのかもしれない。

仕事に穴を開けた罪悪感で、罰を求めていた部分はあるのかもしれない。

それに唯自身、限界を感じてはいたのだろう。

どうしたって、唯の手は、しろひぐまさんに届かない。

分かりました……

唯は、すんなりとうなずいてくれた。

それでも、そんな寂しそうな顔をさせたくなかったのが本音だ。

ひかり

唯ちゃん!ちょっとこっちに来て!

気まずい沈黙に包まれている僕と唯のところへ。

ふと、ひかりの明るい声が差し挟まれた。

嬉しそうに手招きしている。

プロデューサー

なんだろう?

ひかり

ぶっぶー!プロさんは来ちゃだめですー!
女の子同士の秘密だからね!

プロデューサー

う、うん、まあいいけど…

ちょ、ちょっと、ひかり…?

戸惑う唯を、ひかりが強引に連れ出して行ってしまった……。

*  *  *

数時間後、事務仕事の合間に、お茶でも入れてこようと部屋を出た。

ふと休憩室の前に、空子が立っていることに気づく。

空子

あ、プロデューサー。今は休憩室、立ち入り禁止です

プロデューサー

ん? どうしたんだろう?

空子

えへへ。すこーしだけなら、のぞいてもいいですよ?

内緒話みたいに声をひそめた空子が、しぃーっと口の前で人差し指を立てた。

それから、そっとドアを開いて中をのぞかせてくれる。

ひかり

むにゃ~かえちゃぁん……しゅきぃ、抱き枕ぁ…てへへ…

すやすや……

くぅ……くぅ……

――休憩室にはクッションやら布団やら毛布、抱き枕が持ち込まれていた。

そんな中で、ひかり、楓に囲まれて、唯は気持ちよさそうに寝息を立てていた。

もちろん全員、眠っている。

プロデューサー

ああ…そうか

プロデューサー

留奈、だね

留奈

な、なんで分かるのよ

廊下の角から、腕を組んだ留奈が現れた。
バツが悪そうにしているところを見ると、やっぱり先ほど唯に言い過ぎたことを気にしていたらしい。

空子

はい、留奈ちゃんが、なんとしてでも唯ちゃんを休ませるって聞かなくて

空子

それで唯ちゃんをここに連れ込んで、ハーブティーを入れてみたり、読み聞かせしたり、羊を数えたりしてたんです

留奈

瀬月がなかなか眠らないものだから、ひかりと楓までそのまま一緒に眠っちゃったわね…何しているんだか…

プロデューサー

そうか……唯を助けてくれてありがとう

あらためて、唯と、ひかり、楓を見た。
全員くっついて、仲が良さそうに、心地良さそうに眠っている。

留奈

べ、別に…助けたつもりはないわ

留奈

仕事が延期になった以上はしっかり休んでもらわないと困る…。それだけよ。元気なほうがいいにきまってるじゃない

唯の安らかな寝顔が見られて安心したし、GARNET PARTY3人に感謝の気持ちでいっぱいだ。

プロデューサー

……よし

僕も、唯にしてあげられることが、何かあるはずだ。

第3話 抱えすぎているキミへ

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