ある日の事務所で。
唯に声をかけられて、デスクに座っていた僕は振り向く。
プロデューサー、おはようございます
ある日の事務所で。
唯に声をかけられて、デスクに座っていた僕は振り向く。
ああ、おはよう……ゆ、い?
ちょ、ちょっと瀬月! それ……!
どうしたの? 留奈ちゃん、唯ちゃん……って、えええ!?
ちょうど居合わせた留奈とひかりが僕らのところへ寄ってきた。
楓は少し離れたところに立っている。
留奈、ひかりとも、呆然と唯を見ていた。
それはもちろん僕もだ。
注目を浴びた唯は困惑顔で立っている。
私、何か変……?
へ、変どころじゃないわよ! その目の下の隈! ひどい! ひどすぎるわ!
ぁああ唯ちゃん、目も赤いし……なんだかフラフラしてるし……
ね、寝不足? 大丈夫!? ぎゅーってしよ、寝よ!?
あ、ああ……ううん、大丈夫
大丈夫じゃ済まされないわよ! よく見たら指先もバンソウコウだらけだし!
……瀬月、明日からモデルの仕事の撮影じゃなかった?
う、うん
留奈が悔しそうに、唇をきゅっと結んで唯を見ている。
留奈たちはプロなのよ。コンディションの調整も行えないのは、仕事の姿勢として間違っているわ
ま、まあまあ留奈ちゃん。唯ちゃんはすごくしっかりしてると思うんだ。だから唯ちゃんなりの事情があるんだろうし…
……ごめん……
唯は説教されたら全てまっすぐに受け止めてしまう子だ。
留奈からの言葉に、ますます表情が沈んでしまった。
留奈も唯があまりに素直に受け入れてしまうものだから、後悔がありありと表情に浮かんでいた。
ああぁ、どうしようプロさぁん……
……謝らなきゃいけないとしたら、それは僕も一緒だ
全員きょとんとした表情になっている。
なんでプロさんが謝るの?
……僕はここ最近、唯のしていることを知っていたのに、それを止める決断が出来なかった
撮影の仕事は、少しスケジュールの都合がつくか聞いてみる
! わ、私、できます! 調子だって、すぐに整えて…
瀬月、あなた本当にそんな仕事のやり方で納得できるの?
留奈はプロデューサーの意見に賛成よ。何があったかはしらないけど、中途半端なことはしない方がいい
失態は甘んじて受け入れなさい。一旦休んで……絶対に次で挽回して
言い捨てて、留奈は事務所を出ていってしまった。
無言でうなだれる唯に、ひかりが抱きついている。
ああ唯ちゃんいいこいいこいいこ……元気だして
留奈ちゃん、唯ちゃんの載ってる雑誌の発売すっごく楽しみにしてるみたい。唯ちゃんのファンなんだよ。だから厳しくなっちゃうのかも……
ふふ、平気……ありがとう、ひかり
留奈の言ってることは当たってるから。次で、挽回するよ
唯に笑顔が戻って、僕もホッと胸を撫で下ろす。
それまで離れたところで見守っていた楓が、楚々と寄ってきた。
みなさん、お茶をごよういします
いちど、きゅうけいしましょう
いつも楓は抜群のタイミングを見計らってくれている。
楓の提案に、唯、ひかりは和んでうなずいた。
* * *
僕は仕事先への連絡を入れ終えて、一息ついた。
ひかりと楓はどこかへ行ってしまい、唯は一人、ソファーに座っている。
僕は唯へと歩み寄っていった。
唯……ちょっといいかな
プロデューサー、今日は本当にすいませんでした
うん、まぁそれは気にしないで。気に病んでもいいことはないし
留奈の言う通り、次また頑張ればいい
……はい
でも、ひとつだけ……言わなきゃいけないことがあるんだ
これを口にするのは、本当にためらわれた。
でも、僕は彼女たちのプロデューサーだ。保護者でも友達でもない。
だから僕は、唯に言わなければならなかった。
苦渋の決断は、僕の喉を詰まらせてしまう。ぐっと拳を握り、無表情につとめて、やっと口を開く。
唯からのホワイトデーの手作りお返しは、禁止にする
禁止……そうですよね
そのほうが…いいとおもいます
僕が口にする前から、なんとなく覚悟はしていたのかもしれない。
仕事に穴を開けた罪悪感で、罰を求めていた部分はあるのかもしれない。
それに唯自身、限界を感じてはいたのだろう。
どうしたって、唯の手は、しろひぐまさんに届かない。
分かりました……
唯は、すんなりとうなずいてくれた。
それでも、そんな寂しそうな顔をさせたくなかったのが本音だ。
唯ちゃん!ちょっとこっちに来て!
気まずい沈黙に包まれている僕と唯のところへ。
ふと、ひかりの明るい声が差し挟まれた。
嬉しそうに手招きしている。
なんだろう?
ぶっぶー!プロさんは来ちゃだめですー!
女の子同士の秘密だからね!
う、うん、まあいいけど…
ちょ、ちょっと、ひかり…?
戸惑う唯を、ひかりが強引に連れ出して行ってしまった……。
* * *
数時間後、事務仕事の合間に、お茶でも入れてこようと部屋を出た。
ふと休憩室の前に、空子が立っていることに気づく。
あ、プロデューサー。今は休憩室、立ち入り禁止です
ん? どうしたんだろう?
えへへ。すこーしだけなら、のぞいてもいいですよ?
内緒話みたいに声をひそめた空子が、しぃーっと口の前で人差し指を立てた。
それから、そっとドアを開いて中をのぞかせてくれる。
むにゃ~かえちゃぁん……しゅきぃ、抱き枕ぁ…てへへ…
すやすや……
くぅ……くぅ……
――休憩室にはクッションやら布団やら毛布、抱き枕が持ち込まれていた。
そんな中で、ひかり、楓に囲まれて、唯は気持ちよさそうに寝息を立てていた。
もちろん全員、眠っている。
ああ…そうか
留奈、だね
な、なんで分かるのよ
廊下の角から、腕を組んだ留奈が現れた。
バツが悪そうにしているところを見ると、やっぱり先ほど唯に言い過ぎたことを気にしていたらしい。
はい、留奈ちゃんが、なんとしてでも唯ちゃんを休ませるって聞かなくて
それで唯ちゃんをここに連れ込んで、ハーブティーを入れてみたり、読み聞かせしたり、羊を数えたりしてたんです
瀬月がなかなか眠らないものだから、ひかりと楓までそのまま一緒に眠っちゃったわね…何しているんだか…
そうか……唯を助けてくれてありがとう
あらためて、唯と、ひかり、楓を見た。
全員くっついて、仲が良さそうに、心地良さそうに眠っている。
べ、別に…助けたつもりはないわ
仕事が延期になった以上はしっかり休んでもらわないと困る…。それだけよ。元気なほうがいいにきまってるじゃない
唯の安らかな寝顔が見られて安心したし、GARNET PARTY3人に感謝の気持ちでいっぱいだ。
……よし
僕も、唯にしてあげられることが、何かあるはずだ。