唯の挑戦から、数日が経過していた。


少し思うところがあって、僕は事務所のデスクで難しい顔をしてしまっている。

空子

どうしたんですか、プロデューサー?

プロデューサー

あ、ああ。空子……うん、ちょっとね

今からメモリアの3人で、スタジオ収録の仕事がある。

メモリア3人そろって車での送迎予定だが、時間まではまだ少し余裕があった。

唯は、相変わらずソファーでちくちく裁縫をしていた。

最近はいつもやっているものだから、とうに見慣れた光景になってきている。

空子

何か困りごとですか?

空子が、心配そうに僕の顔をのぞきこんでくる。

……アイドルに負担をかけたくはないが、空子になら相談してみてもいいかもしれない。

プロデューサー

実はね、ホワイトデーのことなんだ

空子

ホワイトデー……え、えへ。もうすぐですねっ

プロデューサー

うん。それで、ホワイトデーのことで少し悩んでて

空子

えへへ

何故か、若干空子がもじもじしているように見える。

プロデューサー

……やっぱりさ。大切なんだよね。ホワイトデーのお返しって

空子

い、いえいえそんなそんな私は……プロデューサーからのお返しを楽しみにしたりは、え、えへへー

プロデューサー

今まであんまり深く考えてなかったけど、そんなんじゃあ良くないと思うんだ

プロデューサー

バレンタインチョコが本気であればあるほど、大好きをたくさん伝えていればいるほど、ホワイトデーはその人にとって特別な日なんだよね

空子

え、あ、え、えっと……そ、そうかもしれません、ね

プロデューサー

だから、ホワイトデーはぜったいおろそかにしちゃいけないんだ。全力で誠意を見せるべきなんだよ!

空子

ふわ

空子は真っ赤になった両頬を手で覆っている。

プロデューサー

だから、やっぱり唯のしていることは間違ってないんだ

空子

え? え? ……唯ちゃん、ですか?


空子の視線が、唯の方へと向けられる。

唯はソファーで熱心にチクチクやっていて、時折

痛っ

とか

うっ

とか聞こえてくる。相変わらず、上達はしていないようだった。

照れていた空子も、ふと心配そうな顔になる。

千乃

……

千乃も唯の前にしゃがみ込んで、しげしげと唯を見つめているようだった。

いたっと声がするたびに、眉をひそめている。

空子

唯ちゃん、最近ずっと何かを作っているんです

プロデューサー

うん……

空子

聞いてもそれがなんなのかは教えてくれなくて。あの、お手伝いとかしたいんです。でも、これは自分一人でやらなきゃ意味がないからって……

どうやら唯は、ここ最近の裁縫の意味を、誰にも伝えてないらしい。

空子が寂しそうに眉を下げている。けれど、僕から事情を話していいものなのか迷う。

唯はきっと、自分が作っているものがきちんとなんなのか分かるようになるまで、誰にも言いたくないんだろう。

千乃

これは恋かな…

プロデューサー

わっ? ち、千乃!? 

さっきまで向こうの方にいたはずの千乃が、僕のデスクに手をのせて、顔だけひょっこりとのぞかせてきた。

むむむと、推理でもしているように難しい顔をしている。

空子

えへへ千乃ちゃん。恋……ですか?

千乃の神出鬼没っぷりには慣れているのか、空子は笑顔で問いかける。

千乃の方は、どこか得意げな顔だ。

千乃

ふっふっふー。ほら、見てごらん? ずっと観察してたんだー

千乃が指さす方には、唯の姿がある。

唯は、真剣な眼差しで、ずっと針作業を続けている。その横顔は凜々しくもある。こちらの会話に気づいてる気配はない。

千乃

あの真剣な表情、目のうるみ、頬の染まりかた。ネットの記事で読んだけど、あれは間違いなく…

千乃

診断結果、恋です

空子

ふんふんなるほど恋……って――

空子

ええええ!? ゆ、唯ちゃんが、こ、恋……!?

千乃

だってね、だってね? 千乃たちには手伝わせてくれないで、自分で作りたいってかたくなで、絶対いつもの唯さんと違うんだよ?

千乃

千乃、そういうの、分かっちゃうんだなぁ、ふふふ

空子

わぁ、わぁ、わぁ、恋……!

空子はまたも真っ赤になった頬を覆って、うろうろしている。

唯は恋をしているわけじゃないんだけど……。

でも、しろひぐまさんに恋してる感はあるのかもなぁ……。

あ…。空子、千乃、そこにいたんだ。そろそろ時間かも。じゃあもう行こう

僕が2人への誤解をとく前に、唯がこちらに気づいてしまった。

先ほどは千乃が目の前にいたのに気づかなかったらしい。すごい集中だ。

空子

唯ちゃん……こい。わぁぁ

プロデューサー

どうしたの? 空子

空子

い、いえいえいえ! さっ、収録に行きましょう! えへ、唯ちゃんはいつも素敵ですね!

空子のぽわぽわした眼差しが、唯に恋してるようにも見えるんだけど。

ともかく、僕も出発する為に準備をはじめる。

……ちらりと視界の端に映った唯の姿に、少し心が翳る。

ホワイトデーのお返しは大切だ。それはよく分かる。

でも、ここ最近の唯は、少し根をつめすぎだ。

上手にできている様子はなくて、落ち込んでいるようにも見える。

一生懸命にやってくれるのは嬉しい。

だが、唯のあまり良くない性質が出てしまっていて、やはり、心配が頭から離れてはくれない。

*  *  *

できた……! けど……

今夜も自室で、唯は裁縫をしていた。

もう何度挑戦したか分からない、しろひぐまさんのマスコット。

既に朝方になっていて、眠気で目の前がかすむ。

かすんだ視界に見える手元には、ぐちゃぐちゃの布の塊だった。

これ、どう見ても…しろひぐまさんじゃない……

どうして、しろひぐまさん……


唯は一人、布を見下ろして、ため息を漏らしていた。

第2話 これは恋かな…?

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