エルカ

……よし

誰もいないことを確認して秘密の部屋に足を踏み入れた。





悪いことをしているような気がして鼓動が跳ねる。




 
この部屋での行動は王子やナイトには気づかれてはいけない。






 
本を開いて、


 

エルカ

(ソル、お願いだから気づいて……)

期待をこめて鐘を鳴らす。


私たちは仲良しではなかった。


私はソルが苦手だった。




だけど、今は……

エルカ

ソル!

ソル

ああ

声が返って来た、それがたまらなく嬉しい。














でも……なんだろう、
ソルの声が少し元気ない気がする。

エルカ

どうしたの?

ソル

あ、何でもないよ。そっちは進展あったか?

エルカ

うん、プリンを食べさせたら、凄く喜んだよ。物語は進んでいる

私は経過報告をする。


王子に物語の主人公「プリン王子」のようにプリンを食べさせた。

思った以上に彼は喜んだ。


それは、きっと物語のプリン王子と同じ。

ソル

……そっか

エルカ

でも、この先は思い出せないの。
これは、きっとハジマリでしかないから。
プリンを食べて笑顔になった。それで終わりってわけじゃない。

思わず本をギュっと抱きしめていた。
思い出せないのが怖かった。





だけど、思い出すことも怖かった。



物語を思い出せば、過去のことも思い出してしまう。



見たくないものが見えてくる。

ソル

プリン王子は満足しなかったんだろ

エルカ

そうだね、喜んで笑顔になった……でも、これだけじゃダメだった。だから、どうしたんだろう……

思い出そうとしても、真っ黒なものしか見えない。









何でだろう、

この先を思い出したらいけないような気がする。

ソル

………お前ってさ、食べなかったよな

エルカ

ん?

ふいに、ソルが口を開いた。


昔話だった。ソルの方から話を切り出すとは思わなかった。

ソル

ガキの頃、おやつに食べてたプリン。全部、俺に渡していたよな

エルカ

あー…………

だって、ソルにあげないと怒るから。

プリンをあげれば、怒らなかった。

だから、私のプリンはいつも彼にあげていた。

ソル

だけどさ、一度だけ……一緒に食べたよな

エルカ

あー……………そうだね

ソル

……………あれが、さ…………

ソルの様子がおかしい。


言いたくないことを口にするような、そんな雰囲気が伝わってくる。

ソル

…………あの……プリンが………一番美味しかった気がする

エルカ

だって、ソルが自分で作ったんだから………

思い出した。


そうだった、ソルがプリンを作ったことがあった。

まだ兄さんが学生だったころだった。

旅行で三日間いないからって、大量のプリンを作って置いて行ってくれた。

プリンさえあれば、ソルは暴れないだろうってことで。


だけどソルったら一日で食べ尽くしてしまった。


父さんも義母さんも家にいなかった。


お爺様も検査入院で不在。



私は、苦手なソルと二人だけってことで不安でいっぱいで……この三日間をどう過ごそうか悩んでいたっけ。





まぁ、関わらなければ良い。

そう思っていたけれど……








キッチンに立つ、ソルの姿があまりにも異様で声をかけていた。

どうしたの?

プリンを作ろうと思ってさ

プリン? 兄さんが作ったよ

食べたよ

………あんなに………あったのに

私も食べたかったのに……
少し恨めしそうに見るとソルが舌打ちした。


いけない、怒られる。


そう思って目を閉じるけど、殴られる衝撃はなかった。

イライラしているときは、甘いものが欲しくなるだろ?

そうだね

それで、作ろうと思ってさ……いや、思ってはみたんだけどさ

腕組をして首を傾ける。

きっと、作り方がわからないのだろう。

そう思ったけど、口には出せない。

周囲を見渡した私は……

見てはいけないものを見てしまった

……バケツ

おお、バケツプリンを作ろうと思ってだな。大きい方が良いだろ?

大きなプリンは、きっと美味しそうだ。だけど、これじゃダメだ。


私はバケツに近づいて中を覗く。

ダメ………私も手伝う

え?

このバケツ、汚い。こんなのでプリン作ったら、お腹痛いよ

 汚れたバケツをソルに突き付ける。

そんなの、洗えば良いだろ

洗っても、ダメ。
もしも兄さんのプリンの型が……何だろう、そうだ例えばだよ、おばさんの香水が入っていた瓶だったら……食べられるの?

うっぉおぉぉぉ

心底嫌そうな顔をする。
どうやら、考えていなかったらしい。

だから、私も手伝うよ。プリンの型、バケツはないけど……このお鍋とかで、どうかな? いつも兄さんが料理作るときに使っているやつだから汚いのじゃないよ

そうだな、お前天才かよ

(お腹壊されたら……どうすれば良いかわからないもの)

エルカ

ソルと一緒に作ったプリンは美味しかった

ソル

そうだな。お前がいなかったら、オレは自分で作ったプリンで腹壊すところだった………っと、そこまで思い出せばプリン王子の物語も思い出せるだろ

エルカ

え?

ソル

………物語の続き、思い出したか

エルカ

え?

ソルの声色が優しい。
こんなことは、初めてのような気がする。

ソル

物語のプリン王子はどうしてた?

エルカ

確か、自分で……みんなでプリンを作った……ね

ソル

ほら、思い出しているじゃないか

エルカ

ソルって、もしかしなくても本当は全部知っているの?

ソル

知るかよ………プリンに関する思い出がヒントになると思っただけだ。とにかくお前は物語のことだけ考えればいいんだ。

そう言葉を返すソルの声は何だか悲しそうだった。

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