酒場入口で突っ立っていたハルとジュピターは、またもや冒険者に絡まれていた。

声を荒げた冒険者

てんめぇー
このオレを止めて良いのは
女だけって決まってんのによー。

ハル

アハ、……ハハ。

ジュピター

…………

 背中に冷たいものが走ったハルは、笑って誤魔化すしかなかった。ジュピターも隣で硬直している。
 すると、物腰の柔らかそうな声が聞こえてきた。

物腰の柔らかい冒険者

兄貴、
この人達は冒険者じゃないよ。
一般市民だ。

 なぜそれが分かったのかは不明だが、二人にとっては救いのセリフに違いなかった。
 声の主は穏やかな顔付きだが、もう一人と同じ顔をしている。双子だろうか。

声を荒げた冒険者

お? そうか?
そりゃあ、すまんすまん。

物腰の柔らかい冒険者

君達、驚かして
ごめんね。

ジュピター

い、いやぁ、
オイラ達も入口で
ゴタゴタと……

声を荒げた冒険者

分かった分かった。
そんじゃあ、
一緒に飲もうぜ。
ついてこい。

ジュピター

え? あ、ああ、
オイラ達はもう帰るとこなんで……

声を荒げた冒険者

ああん?

ジュピター

い、いえ。何もありません。
おとも致します。

 導火線に火が付きそうな声を受け、すぐさま前言撤回するジュピター。ハルは酒が飲めると陽気そうだが、ジュピターは強引な男の話に不安を隠しきれなかった。

ハル

おお~~~。
さすがディープスっす。
酒場一つとっても
とんでもなく広いっすね。

ジュピター

おお~~。
良い雰囲気だ。
オイラこの雰囲気は好きだぞ。

 ハルが言うように酒場内はとても広く、長いカウンターが奥に続いている。中央にも円形のカウンターがあり、どこからでも注文を受け付けれるようになっている。見た事もない程大きなシーリングファンが、天井で空気を循環させていた。
 幾つものテーブルとイスが並んでいて、あちらこちらで冒険者達が樽酒や麦酒を傾けている。


 パイプの煙に包まれ聞こえてくる話題は、報酬の分け前の話や迷宮での武勇伝、カジノでの儲け話、それにつまらないジョークの類だ。

声を荒げた冒険者

ほら、飲めよ。
ここの麦酒は美味いぞ。

 何も注文していないにもかかわらず、テーブルに麦酒が無造作に置かれる。それを当たり前に受け止めた双子は、早速、杯を重ねた。

物腰の柔らかい冒険者

君達も飲もうよ。
ガロンの事は
気にしなくていいから。

ハル

うひょ~う、美味そうっす!
ジュピター、頂くっすよ。

ジュピター

それじゃあ、
オイラ達も飲むか。

 木製ジョッキを勢いよくかち合わせ、泡と共に喉に通すと、体中の疲労が癒されていく。のどごしの良さに眉を上げる二人の前に、次の麦酒が置かれた。

ハル

シーベルトの麦酒より、
飲みやすいっす。

ジュピター

こりゃあ美味いな。

ハル

でも、シーベルトの麦酒も
香ばしくて深みがあるっすよ。
あの赤褐色の麦酒が
懐かしいっす。

ジュピター

そんな風に聞くと
オイラも飲みたくなってくるな。

声を荒げた冒険者

なんだなんだ?
ホームシックか?
そんなら飲むのが一番だ!
飲め飲め!

物腰の柔らかい冒険者

僕も飲まなきゃ。
万年ホームシックだから。

 四人は楽しく飲んだ。
 強引な双子の兄はデメル。物腰軟らかい弟はヴィタメールと名乗った。

 愉快に飲む四人のテーブルに、一人の男が現れた。

煙草を咥えたゴロツキ

親父は来てねぇのか?

ジュピター

げ!!

煙草を咥えたゴロツキ

あぁん?

 デメルとヴィタメールに気安く声を掛けたのは、ドルサック商店前で絡まれたゴロツキ冒険者だった。気を良く酒を飲んでいたジュピターは、まさかの再会に血の気を失った。ゴロツキ冒険者はすぐにジュピターに気付き、不敵な笑みを浮かべた。

煙草を咥えたゴロツキ

見付けたぜぇ~。
モジャチビよぉ~。

ハル

ちちち違うっすよぉ。
あれっす。ジュピターは
モジャモジャじゃなくて
クリクリなんす。

煙草を咥えたゴロツキ

おちょくられてんのか?
俺ぁよぉ~。

ジュピター

あは、あは、
あはははは……

 ゴロツキ冒険者は、腕まくりして首を回し始める。双子の兄・デメルはそれを察し、冷やかし気分で口を挟む。

デメル

なんだお前ら。
知り合いだったのかよ。
喧嘩ならオレも混ぜろ。

ヴィタメール

どうせモロゾフが
絡んだだけでしょ。

モロゾフ

どっこい、このモジャチビが
喧嘩売ってきたのよ。

ジュピター

ととと、とんでもない。
ご、誤解、誤解。
オイラ喧嘩売る気なんて
さらさらないよ。

デメル

まぁ、そう言わずに
殴り合おうぜ!

ヴィタメール

もう~、やめなって。
楽しく飲もうよ。
モロゾフも座ろ。

モロゾフ

チッ、しらけたぜ。
おら、ウェイター。
麦酒トリプル早くしろや。

 時間が空いたのが功を奏したのか、モロゾフと呼ばれたゴロツキは怒りを鎮め、同じテーブルに座って飲み始めた。
 一命を取り留めたジュピターとハル。ホッと胸を撫で下ろした時、デメルが手をブンブンと振った。

デメル

リア!
久しぶりだな。
お前の愛しい愛しい
デメル様はここにいるぞ!

 リアと呼ばれこちらを向いたのは、若い女性だった。薄いオレンジのショートヘアーに整った顔立ち。その表情ははつらつとしており、明るい口調で言葉を返してきた。

リア

あ~、デメル生きてたんだ?
とっくに死んだと
思ってたし。

デメル

ひでーなぁ。
お前みたいな良い女を残して
この俺が
死ぬわけないだろうがよ。

リア

あはっ。ウケるわー。
それがホントなら、あんた
不死(アンデッド)化
するしかないし。

ヴィタメール

リアちゃん、もう仕事終わったの?

リア

もちろん! 超ヨユー。
パパーッとやって
ポイッとしたら
あっという間。

リア

んで、この子達は誰?
かっわいいー♡

ジュピター

オイラ、ジュピター。
んで、こっちはハル。
お姉さんヨロシク。

ハル

よろしくっす。
ドカーンッて感じで
ここまで来たっすよ。

デメル

お前らリアに手ぇ出したら、
胸の真ん中に穴開くまで
拳叩き込むぞ。

ジュピター

笑顔で言う事か。
この人マジで怖い……。

 リアも混ぜた五人は同じテーブルで話し始める。デメルもモロゾフも口は悪いが、会話は弾んだ。
 そこで当然ハルとジュピターの素性の話になった。

ジュピター

オイラ達は冒険者に
なる為に……

ジュピター

あ¨あ¨!

ハル

どしたんすか?
ジュピター?

ジュピター

訓練場の登録忘れてた。
ヤバイ、時間経ちすぎてるかも。

 ジュピターはハルに訓練場へ行く事を促し、慌てて立ち上がる。しかし慌てたせいか、テーブルの上の木製ジョッキを引っ掛けてしまった。

ジュピター

ぅげっ!

モロゾフ

てめぇ俺になんか
恨みでもあんのか?

 木製ジョッキはモロゾフの額に直撃し、頭から泡だらけになってしまった。あまりの勢いに、額からは流血。しかも怒りのボルテージが上がったらしく、それは噴水のように吹き上がった。

 モロゾフの容赦ない拳が、天罰とも言える角度から打ち下ろされた。
 後日、デメルは
「魂なんて信じてなかったけど見ちまったぜ」
と、しみじみ語った。その双子の弟・ヴィタメールも言った。
「あのもじゃもじゃの子、多分もう死んでるよ」
と、酒の席で面白おかしく語ったという。

ハル

何か見えたっす。
モコモコのジュピターっぽい
何かが見えたっすよ。

リア

ウケる~。
アハハハハ。

ハルッ!
こんなとこに居やがったのか。

 いきなりの声に振り向くと、汗だくのダナンが立っていた。肩で息をしていて、走り回ったと言った様子だ。

リア

え? 誰?
ハルの保護者?

ダナン

訓練場の登録……
はぁ、はぁ、
時間ねぇから皆で
探し回ってたんだよ。

ハル

いや~、今から
行くとこっすよ。
ちょっと麦酒飲んでただけっす。

リア

ハル、ちょっとじゃなくて、
ほらもっとグイ~っと行こー!
登録なんてなんとかなるし、
気にしなくていいから♬

 リアはハルの肩に腕を回し、新しい麦酒を渡そうとする。酒で気分が高揚しているリアは、ハルとの距離を更に縮めた。

ダナン

ハルゥー!
俺達が必死こいて
探し回ってる時に
美女はべらせて
酒呑んで
やがったのか!!

 ダナンの怒りを全身で受けたハルはお星様になった。そしてデメル達は、この事を酒の肴に呑み直し始めた。

 ~伏章~     25、ダブルパンチ

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