息子

父さん、最近僕は夢を見るんだ

漁師

怖い夢か?

息子

ううん、怖くはないんだけど、寂しそうな女の人が出てくるんだ。



息子

誰かに会いたがっているみたい。

息子

もしかしてお母さんかな?

漁師

適当な事を言うな!

普段決して怒る素振りなど見せない漁師は思わず声を荒げました。


息子は驚いて思わず謝りました。

息子

ご、ごめんなさい

漁師

謝るのはお父さんの方だ。
急に声を荒げてしまってすまなかった。

漁師

仮に…もしその人がお母さんだとしたら。
怖がりな人だから、今度はお前が手を繋いであげなさい

とっさに流れた漁師の涙は暖炉の火の中へ揺れながら消えてゆきました。

漁師

外の風を浴びてくる

と言って家を出ていってしまいました。


漁師が毎晩樫の木に立っている理由は二つありました。


木の根元には母親の骨が埋めてあり、
樫の木はそれを吸って大きく育ち、
木の葉に❝悪夢を見ない力❞を与えていたのです。

漁師

俺が眠ってしまったらきっとあいつは消えてしまう

‐10年前‐


其のころ、
病床の妻に取って来た海草や精の付きそうな魚を持ってきて看病する漁師の姿がありました。

妊娠中の栄養補給もあったが、
それよりも不安だったのが、
彼女の持病である心臓病の進行でした。

それに伴うメンタルの落ち込みで精神的にもだいぶ参っていました。

子供のような事を言ってごめんなさい。私が眠るまで手を握っていて。そうすると不思議と悪い夢を見ないの。

漁師が手を握りながらこう囁きます。

漁師

かまわないさ。
これから生まれてくる子にお母さんが怖がりだなんて思われたくないだろう?

このまま眠ってしまったら死んでしまうんじゃないかって最近とても怖いの。

あなた、私が死んでも忘れないでね。

漁師

じゃあ、俺は寝ないよ。

少なくとも君の目が俺を見ている間は眠らない。

約束しよう

はい

そしてこの数か月後、
満月の夜にこっそりと

元気な漁師の息子がこの世に生を授かったのでした。

続く

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