叢雲さま
叢雲さま
経次郎くん、
慶子ちゃんはいないの?
ずっと歩いていたので、
疲れたみたいです。
先に家に帰しました。
そっか、
残念だね。
一休みしたら
来ると思いますよ。
わ~いw
楽しみっ。
来んでいい……。
ママ……、
何が起きたのか、母に聞こうと思った。
すると、母は、急にしかめ面をして、
静香ちゃん、
なんてお顔してるの?
と言った。
……。
せっかく静香ちゃんのお友達が
来てくれたのよ。
え?
もっと嬉しそうなお顔しなさい。
お友達?
……。
だっけ?
さっき
ちょっと話しただけなのに……。
にこっ
私がじーっと見ていると、叢雲さまは私に笑いかけてきた。
あ……。
なんか、素敵な笑顔だった。
「辻褄を合わせろ」とか、そういう感じではない、「ただ楽しくて笑っているだけ」みたいな笑顔。
ごめんなさいね、
叢雲ちゃん。
叢雲ちゃん?
母は伝説の秘宝、泣く子も黙る三種の神器をそう呼んだ。
何がだ?
叢雲さまは、平然と答える。
いいのか?
その呼び方……。
叢雲さまは怒った様子もなく、平然と受け入れている感じだった。
神話の時代からある、そんじょそこらの武器とは比べ物にならない、最高クラスの付喪神に向かって……。
ママって、やっぱりすごい?
この子、思ったことと表情が、いつも違うの。
だから、こんな表情してるけど、ホントは叢雲ちゃんが来てくれて、とっても嬉しいはずなのよ。
こんな表情?
どんな表情よ……。
確かに、
嫌じゃないけど……。
よいよい。
わらわは、静香の性根がまっすぐなこと、わかっておるでな。
さすが叢雲ちゃん!
静香ちゃんのお友達になってくれる子、いつも素敵な子ばっかりなの。
きっと、静香ちゃんが素敵な子だから、周りに集まってくる子も素敵な子なのね。
ママ、やめて!
めちゃめちゃ恥ずかしい……。
ホントはとっても素直ないい子なのに、それを表に出さないから、誤解されちゃうの。
誤解なんて、されてないから。
たぶん……。
だからお願い、もうやめて……。
心配はいらぬ。
この者の性根のまっすぐさは、
目を見ればわかるでの。
それも
恥ずかしい……。
昔から、
心の美しい
おなごじゃった。
昔から?
わらわがおぬしのことを
気に入ったのだ。
ゆえに、
友である。
昔、そう言った童がおった。
……。
叢雲さまは、嬉しそうにそう言って、
ぎっ
びくっ
経次郎を、一瞬だけ、睨み付けた。
じゃあ、ママはご飯
作って来るね。
そう言って、母は台所に行った。
叢雲さま、
どうしてウチに……?
ああ
こいつの家に行ったんだが、
源氏色が強すぎでな。
なるほど……。
義経、弁慶、海尊がいるんだもの。
そりゃ、源氏よね……。
でも、みんな、
悪いヤツじゃないですよ。
多少、
アレですが……。
その「アレ」
が問題なのだ。
わらわは
ずっと平家の者たちと
おったのじゃ。
多少は、
ヤツらの気持ちを知っておる。
悔しいという気持ち、
悲しいという気持ち……。
おのれ源氏の小童どもめ
ちょっとだけ、叢雲さまの気配が怖くなった……。
……。
という気持ちも、少なからずわらわには影響しておる。
なので、
ちょっとしたリハビリだ。
リハビリでウチに来たの?
と、思っていたら、叢雲さまは、私の方を向いた。
おぬしは武家ではない
雰囲気だからの。
源氏でも平家でも、
公家でもない……、
我らが好む、
清浄な雰囲気の中におる。
もったいなき
お言葉にございます。
あれ?
もったいなき
お言葉にございます。
一瞬、静御前になったような気がした。
なんか今、サラッと
言葉が出てきた……。
きっと、静御前の……。
舞ってると、たまに何か違う感じがしたんだよね……。
大きなものと、つながるような。
わ~いw
わ~いw
叢雲さまっ
叢雲さまっ
急に精霊たちが騒ぎ出す。
愛いやつらよのう。
叢雲さまは、ふよふよ浮いていた桜の精霊たちに手を伸ばす。
ふふふっ
その手に桜の精霊たちが乗り、舞い散る桜の幻が見えた気がした。
長居はせぬ。
様子を見て、
タコ次郎の家に移るでな。
……。
で、
お目付け役の俺様も来たんだ。
……。
俺は久しぶりに
佐助と語りたかったけどな。
あいつが地上でどんな生活をしてるか、知りたかったんだよ。
語りたいのなら
語ってくればよいであろう。
わらわはおぬしなどおらんでも
困ることはない。
のう、
静香。
え?
なんで私が呼ばれた?
ボクも翔さんが静香と一緒にいるって、
嫌かも……。
タコ次郎
ちょっと、嬉しい。
お前の気持ちなんて、
優先しねーよ。
しかたがなく、嫌々
この家に滞在するんだからな。
そう見えないんだけど……。
言う割に、楽しそうな顔してない?
翔さんは
ボクの家、行きましょう。
キリっとヤツは言った。
わらわも
それがよいと思うぞ。
おぬしは邪魔だ。
叢雲様も、ご自分のお立場、
ご理解ください。
あなた様はやんごとなき御霊。
地上に出るのもそれなりの場所でなければ。
タコ次郎の屋敷が
それなりの場所か?
我らが用意した物ではございませんが、
海爾どのは我らが仲間にございます。
それなりの場所でございます。
ホントか?
言うたであろう。
わらわの気持ちの整理がまだ付いておらん。
ゆえに
ここで、リハビリする。
タコ次郎も
ここに居れ。
おぬしのことも
知りたい。
え?
そうすれば、
おぬしの心配も無用であろう。
いいの?
静香……。
え……。
「いいの」って……。
こいつがウチに泊まるってこと?
ここここ
心の準備が……。
いや、心の準備なんて、必要ないわよ。
そんなつもりは、まったくないもの。
まだ!!
昔は、こいつの妻だったけど……。
でも、
今は違う!
付き合ってはいるが、会って話したのも数える程……。
付き合うのを決めた次の日にオリハルコンを探しに行き、再会した直後に
お泊り?!
落ち着け、私。
落ち着くのよ。
違う、絶対にそんなこと、ない。
そりゃ、「いつかは」って思うけど、それでもまあ、きっと、うん、なんだ?
そう思っていたら、
と、荒々しく玄関のドアを開ける音がした。
バカ海爾のバカ息子が来ただと!!
ママが知らせたのかな……。
父が帰ってきた。
ボク、帰るね。
……。
ヤツは音もなく窓から出て行った。
逃げ足、
速すぎ……。
ヤツはどこだ!!!
経次郎が消えたのと、ほぼ同じに父がリビングに入ってきた。
忍者だし。
と言っていた、瑞穂の言葉を思い出した。
ホント、
忍者みたい……。
静香、
ホシはどこだ!
まだ何もしてないわよ……。
だから、犯人じゃないし。
パパ
お帰りなさいw
台所から、おたまを持ったまま、ニコニコした母が来た。
……ただいま。
ごはん、もうすぐできるよ。
食べてくよね。
そうだな……。
お仕事、忙しすぎて
ごはんも食べてないんでしょ?
いや……
ちゃんとパンは……。
パンだけじゃダメ。
お野菜も食べなさい。
うむ……。
すぐに支度するから、
座って待っててね。
母は嬉しそうな顔で台所に戻って行った。
まさかと
思うけど……。
父に会いたくて、経次郎を使ったのか?
ママ、ホントに
私と経次郎が付き合うの、
喜んでくれてる?
一抹の不安……。