何のつもりだ、てめぇ…
冷めた目で佇むクリスに俺は言った。
……
俺がかけた言葉にクリスがゆっくりと俺達…どうにか地面に片膝をつかずに持ち堪えた俺と俺に縋るメルの方を振り返る。
なかなか上手い口上でしたが、
あれが通じるのは思い上がった
偽善者だけですよ
……
それがメルに情けをかけようとしたディーとアデルのことを指しているのは明らかだった。
しかし、不意を突いたとはいえ
脆かったですね
エレイミア騎士団で油断ならないのは
団長と副団長のみ。
残りは大したことのない烏合の衆
その二人がこれではね…
こいつは一体何なんだ。
光の女神騎士団の相談役という言葉をそのまま信じていた訳ではなかったし、呪文の一つも飛んでくるかもしれないと計算はしていたが…
お前、破壊神の名で
呪を唱えたな…?
おや、神聖魔法が
解るのですか?
ただの戦士ではないようですね
俺を見るクリスの目には嘲笑するような表情が浮かんでいる。
実際、バカにしているのだろう。
ディー達に比べて、やや距離があった為に倒れる程のダメージは受けなかったが、治癒の呪文でもかけなければ動くのは辛い。
大丈夫か、ガイ?
私が神癒の呪文を使えれば…
俺の顔を心配そうに覗きこみながらメルが言う。
俺は大丈夫だ
それより、お前こそ
何ともないんだな?
メルにダメージがないことは彼女の様子を見れば一目瞭然だったが、それが何故なのかまでは解らなかった。
俺の陰に入っていたのか、それとも何らかの力が働いたのか…
…まさか
気づいたようですね
メルが無事な理由に思い当たって呟くとクリスが静かに言った。
彼女は全ての呪文を無効化する
つまり、あらゆる呪文の効果を破壊する。
仮にも破壊神の力の片鱗を持っている
のだから…
……………
思った通りの答えだった。
メル自身は果物の皮や人が着ている衣服を破壊することくらいしかできないと思っていたようだったが、それはあくまでも能動的な力でしかない。
彼女の受動的な力としては全ての呪文の効果を破壊する…つまりはどんな呪文も効かないという性質も持っていたのだ。
ただ、力の片鱗という言葉は気になったが、かつての力が殆ど失われたメルの事を奴はそう言ったのかもしれない。
こちらへ来ていただけますか?
そうすれば彼は見逃してあげても
良いですよ
クリスが呼びかけたのは俺にではなくメルにだった。
元より邪魔なのは光の女神、
エレイミアの犬共だけ。
一介の冒険者風情など捨て
置いても大事ないのだから
………
行くな、メル
囁くように語られる言葉に迷うメルに呼びかけた。
そして、片手を腹の辺りに添えると小さく魔導の言葉を呟いた。
その様子をクリスに見咎められるかとも思ったが、大した事はないと思っているのか奴はそれを見逃した。
お前も破壊神の僧侶って訳か?
癒しの魔導語を唱えた事で痛みの消えた体を起こし姿勢を正すと俺は言った。
かつて世界を破滅へと導こうとした
破壊神の闇司祭、メルズィオルの
生まれ変わりを頭(ヘッド)に据えて
再び世界転覆を狙うつもりか?
ふふ…
何が可笑しい?
可笑しくないはずがないでしょう
こんな子供を…
メルズィオルの記憶以外に何も
大した力も持たない少女を本当に
生まれ変わりだと思っているなんて…
そう言って奴は可笑しくて堪らないとでもいうように笑った。
…どういう意味だ?
こいつはメルがかつての闇司祭の生まれ変わりではないと言っているのか?
だが、何故そんな事を?
闇司祭メルズィオルは蘇る度に
何度も光の使徒共に討たれた。
それは何故か?
エレイミアの神託によって
見つけられたからだ
クリスの問いかけにメルが戸惑いがちに応える。
その通り
おずおずと応えたメルに拍手をして見せるとクリスは再び俺に視線を向けた。
光の連中がメルズィオルを
見つけたのは、いつでも彼の
記憶が蘇った後だった
つまり、メルズィオルの記憶が
蘇らなければ光の女神は彼を
見つける事はできない
神聖魔法の事を俺はよく知らなかったが、確かにそういう事もあるのかもしれない。
だが、何故に奴はこんな話をするのか?
だから彼は考えた
メルズィオルという存在から記憶のみ
切り離し、メルズィオルであるという
自覚のみで転生する
そして、時間差で数年の時を経て
記憶のみを、その時に生まれようと
する別人格に転嫁する
そうすれば記憶のないメルズィオル
自身が光の連中に気取られる事はない
光の連中が追うのはメルズィオルの
記憶とほんの僅かの力の断片を
与えられた完全な別人…
何だと…?
傲慢な態度で語るクリスの様子をメルは呆然と見つめていた。
つまり、メルは闇司祭の生まれ変わりなどではない。
彼女は闇司祭の転生ではなく記憶のみを持つ人間という事になる。
そして、当の本人である闇司祭は別にいるという事だ。
しかし、何故…
奴は何故そんな情報を知っている?
メルズィオルの事を知るには
魔術を極め伝承という知識を
紐解けばよかった
だが、伝承は本人の記憶
には遠く及ばない
そこまで言ってクリスは言葉を止め、メルを見た。
だから私には貴女が必要なのです
いくら本人であるという自覚があろうとも
伝えられた文献だけでは全てを知る事は
できないから…
それはつまり…
…てめぇがメルズィオルかよ?
……
メルとの交渉に割って入った俺をクリスは見下すような目で見た。
全ては、こいつの計算だった。
光の女神、エレイミアの神託から逃れる為に、自分は本人だという自覚のみを持って転生した。そして、数年の時を経て生まれるメルに記憶と力の片鱗を押しつけた。
自分は安全な場所に居ながら魔導を学ぶ者としてメルズィオルの歴史を学び、自分を討つはずの光の騎士団の助力者として潜り込んで邪魔な聖騎士を見張ると同時に機会を見て処分する。
そうなってから記憶=メルを取り戻せば光の女神の監視をかいくぐっての転生が可能となるという訳だ。
私はメルズィオルでは
なかったのか…
呆然と呟いたメルの膝が崩れる。
彼女は今の今まで自分自身が犯した罪の重さに耐えてきた。
それが全て自分のせいだと思い、許されぬ罪と、それとは裏腹に生きたいと望む自分の想いに苦しんできた。
それなのに、その当の本人が人に責任だけ負わせてのうのうとしているなんて…
てめぇ…
胸に込み上げてくる怒りを押し殺し俺は努めて静かな声で言った。
久しぶりに虫唾が走る奴に会ったような気がする。
メルがどんな気持ちで生きて
きたと思っているんだ?
ガイ…
俺の言葉にメルがハッと顔を上げ、俺を見た。
やってもない大罪を押しつけられて
迫害された辛い記憶だけを持って
どんな気持ちだったと思ってやがる?
どんなに糾弾されようとメルズィオルは
気に病む事はなかった…と歴史書には
書いてありましたね
それは、てめぇがメルズィオル
だったらだろうがっ!
とうとう堪えきれずに俺は怒鳴った。
メルは普通の子供なんだぞ!
国々を破壊しただの人々に絶望を
与えただの記憶があって気に病まねぇ
訳がねぇだろ!?
貴方、いい加減に鬱陶しいですよ
殆ど叫ぶように言った俺にクリスが冷たい言葉を返す。
私は私の記憶に用があるだけです
一介の冒険者などに用はない
低い声でそう言ったクリスの目がスッと細められる。
貴方が彼女を渡さないというのなら
力づくで奪うのみです
そう宣言したクリスの目には間違いようのない殺気があった。
〈To be continued〉