冒険者と見受ける
街を出て街道を少し進んだ辺りで俺の前に歩み出た男が唐突に声をかけてきた。
背の高い…とは言っても長身の俺よりは少し低いくらいだろう、ビシッと姿勢を正した貴族風のなりをした男だった。その腰に帯剣している所を見ると、或いは騎士なのかもしれない。
……
……
その男の後ろには二人の人物が控えていた。
男と同じような雰囲気を持つお堅そうな女…こっちも長剣なんか下げている所を見ると声をかけてきた男の仲間といった所だろう。
もう一人、インテリ風の優男は一見、丸腰に見えた。
こいつらが俺の考えている通りの奴らだとすれば、僧侶といったところか。それとも或いは意見役の賢者か魔術師かもしれない。
まあ一応な
………
俺が男に応えると、その場に緊迫した空気が漂った。
俺の後ろについてきていたメルが俺の服の裾を強く掴む。
どうやら、こいつらが光神の
使徒とかいう奴らみてぇだな
少し時間を貰いたいのだが。
ついてきて貰えるか?
有無を言わさぬ口調で言って男が俺の顔を見る。
断る
なっ…
ここでは道を通る人々を
巻き込む可能性がある
無関係な者に危害を与える
訳にはいかないのだ
へぇ…
人目がない所で俺達に危害を
加える気は満々て訳だ
無礼者!
こちらを何方と心得るか!
貴殿に危害を加えるつもりはない
鼻息を荒くして突っかかろうとした女を引き留め、男が言った。
話を聞いて貰えれば解る
話がしたいのなら、
まずは名乗ったらどうだ
失礼した
半ば喧嘩腰に言うと男は意外にも素直に詫びてきた。
神の使命に忠実な頭の固い奴ならば逆上して剣を抜くかとも思ったのだが、そう短絡な訳でもないらしい。
俺はエレイミア騎士団の長をしている
ディートハルトという者だ
俺にそう言って紹介をすると、奴は後ろの二人に目をやった。
アデル…
騎士団副団長だ
私はクリスと申します。
騎士団の相談役をしています
相談役…ね
僧侶とも賢者とも名乗らなかったが、ただの知識だけの人間って訳でもないだろう。
こいつは魔法を使う可能性があると考えておいた方がいい。
反射的にそう考えて、つい頭の中で敵の情報として処理している事に気づき苦笑した。
まだ戦うと決まった訳じゃねぇし、そもそも光の使徒を名乗るような奴らとのゴタゴタは避け方がいいに決まっている。
俺はガイだ。
まあ冒険者の端くれってとこだな
ガイ殿
ああ、何だ?
ディーさんとやら
………
貴様っ!
あんたの名前、覚えにくいんだよ。
だからディーな
貴殿は何も知らないだろうが
その娘はこの世界を危機に
陥れる危険分子なのだ
今にも噛み付きそうな様子のアデルをたしなめ、奴は言った。
かつて光の女神と戦った
闇司祭の生まれ変わりです
…ってか?
……
奴らの方を見ながら笑って言うとディーの表情が険しくなった。
知っていて共にいるというのか?
ディーの片手が腰へと伸びかけ、そして止まった。
反射的に帯剣した剣の束に手が伸びかけるのを意識して止めたのだろう。
知ってるさ
今は何もできねぇ無力な
子供(ガキ)だって事もな
たとえ今現在、危害を加えるような事は
なくとも、かつての力に目覚めれば、
この世界に…人々に害を為す存在となる
それはない
何故そう言い切れる?
きっぱりと言い切った俺にディーが窺うような表情で聞いてくる。
その手が再び軽く動くのを俺は視界の端で見ていた。
俺の答え如何によっては腰に帯びた長剣を抜くつもりなのだろう。
伝承によると、かつて世界を破滅へ
追いやらんとした破壊神の司祭
メルズィオルはこう言ったそうだな
俺の後ろにいるメルの方をチラリと見て俺は言葉を紡ぎ出す。
必ずや我は蘇り、世界に破壊をもたらさん。
光の使徒に破滅を与えん…
その通りだ
そして、実際にメルズィオルは何度も蘇り、
その都度、我らエレイミア騎士団の先達達が
奴の野望を打ち砕いてきた
確か光の女神の性質は
浄化と再生だったか…
つまり、あんたら騎士団が
こいつを討つ度に、こいつは
浄化されていった
それは正直言うと、はったりだった。
本当にそんな事があるのかどうかを俺は知らない。
ただ人間って奴は「とにかく大丈夫」と言われるよりも「これこれこういう訳で大丈夫」と何らかの理由をこじつけられる方が納得しやすい生き物だ。
……
俺の口先だけの言葉を聞いてディーは考え込んでいるようだった。
濾過って知ってるか?
そんな奴に追い打ちをかけるように、今思いついた事を口にする。
汚れた水を濾す事だな。
泥水から飲料水を得る為
等に用いるはずだが
そう
つまり、こいつは光の女神
エレイミアに濾過され続けて
きたって訳だ
泥水だって何度も何度も濾過
すれば綺麗な水になんだろ?
こいつも、何度もあんたらに
討たれる事で浄化され続けて、
今では完全無害になった訳だ
何かを破壊するなんて力は、
もう残ってないのさ
リンゴの皮を消すくらい以外はな…と心の中で付け加えた。
確かにエレイミアは
浄化と再生を司る…
俺の言葉を繰り返すように言ったディーの表情に変化はなかったが、その声にほんの僅かに戸惑いのようなものが滲んでいるのが感じられた。
よし、いいぞ
こいつは本当はメルの事を討ちたくはないと思っている…殺(や)らなくて済むのなら、そうしたいと考えている可能性が高い。
そりゃ、誰だっていたいけな幼女に手をかけるのは寝覚めが悪いに決まっている。
ディートハルト様、
今の話が真ならば…
我らが神敵は、この世界に
破滅をもたらす破壊神の闇司祭。
その生まれ変わりだ
だが、それが何の力も持たぬ
少女だというのならば、
その限りではない
よっしゃ!
思わず出そうになった言葉を押し殺すと同時にニヤけかけた口元を引き締めた。
あんたの寛容と慈愛に満ちた
賢明な判断に感謝するぜ
かしこまった風を装って、思ってもない事を口にし、俺はメルに視線を向けた。
……………
彼女はホッとしたような気の抜けたような何とも言えない表情をしていた。
だが、俺の視線に気づいてか、その瞳が微かに潤む。
それじゃな
黙ったままのディーに告げ、メルを伴って連中の脇を過ぎた。
その次の瞬間…
破滅と混沌とを司りし破壊の神グェンザムよ
我が前に立ち塞がりし愚かなる者共に
汝が威光を示し給え…
…っ!
きゃぁっ!?
唐突に声が聞こえたと同時にディーが声を堪え、アデルが悲鳴を上げた。
次の瞬間、まるで全身を押し潰そうとするかのような重圧が感じられ、全身に鈍痛が走った。
くっ…
ガイ!
思わず片膝が崩れそうになったのを堪えるとメルが叫んだ。
どうやら彼女は無事のようだ。
その事に安堵し、声のした方を見るとエレイミア騎士団の二人が地面に倒れているのが見えた。
そして、そんな彼らの前に佇んでいたのは…
本当に甘いですね、貴方は…
冷め切った目をして地に倒れ伏すディーの前に進み出たのは騎士団の相談役であるはずのクリスだった。
〈To be continued〉