山の麓にある寂れた村を出てからしばらくして、俺は多くの人々が通りを行き交う、賑やかな街の一角に立っていた。

この街は、この辺りでは比較的大きな栄えた街になる。
街の者や旅人達で賑わう通りに、大小様々な店が多く立ち並ぶ。

ここなら、そこそこ良い宿だってあるだろう。
食事も酒も良い物がそろっているに違いない。








ガイ

やっと街に着いたな

ガイ

これで思い切り羽を伸ばせる…

言いかけた言葉を止めて、肩越しに背後を振り返る。

メル

………

ガイ

………

ガイ

は…

そいつは前の村からこの街へと向かう途中、ずっと俺について来ていた。
それは街に到着した今でも変わらない。
街へと向かう道中でも、その事には気づいていたのだが、声をかけたら負けだと思ってずっと放置していた。
途中でどっかへ行ってくれるかと思ったのだが、その考えは甘かったらしい。

ガイ

おい…

メル

………

ガイ

還れつったのが
聞こえなかったのか?

メル

貴様に喚ばれたのも
何かの縁だ

メル

話だけでも
聞いてはくれぬか

ガイ

………

そうは問屋が卸すもんか。
少しでも話を聞いたが最後、力を貸してくれだの助けてくれだのいう事態になるに決まっている。
だからこそ他人の話は聞かずにスルーするに限る。

メル

私の名はメルズィオル

メル

かつてこの地に破滅の危機をもたらし、
世界を恐怖に陥れた破壊神の闇司祭の
生まれ変わりだ

ガイ

………

だが、俺が黙ったままなのにも関わらず、幼女は勝手に話を始めた。

メル

転生を繰り返す度、私はあらゆる
ものを破壊し、この世界を滅亡
させようとした

メル

だがその都度、その時代の
光の神の使徒達が邪魔をし
私を葬ってきた

メル

奴らに葬られる度に私の力は失われていき、それを何度、何十度と繰り返している内に、かつては持っていた膨大な力を失った

メル

それでも奴らは光の女神の神託を受け、
私を見つけ出しては葬ろうと…

ガイ

黙れ

メル

………

メル

………………

心底面倒になって素っ気なく言うと幼女の顔に今にも泣き出しそうな表情が浮かぶ。

ガイ

………

通りすがりの連中が突っ立ったままの俺と泣きそうな少女をしげしげと眺めていく。
ちょっと待て、俺は何も悪くない。
第一、相手は自称破壊神の闇司祭だぞ?
だが、刺すような通行人の視線はそう言ってはいなかった。

ガイ

…………………

ガイ

飯…

メル

…?

ガイ

飯くらいは奢ってやる

ガイ

話は店に入ってからだ

メル

…解った

小さく頷いた幼女を従え、俺は近くに見えている飲食店らしき店へと向かった。













ガイ

おい、メルよ

メル

メル…?

ガイ

長ぇんだよ、お前の名前

ガイ

だからメルな

メル

……………

メル

…そうか

ガイ

ちなみに俺はガイだ

メル

ガイ…



ウェイトレス

いらっしゃいませ

ウェイトレス

ご注文はお決まりですか?

メルが俺の名を呟いた時、客で賑わう店の中で忙しそうに立ち働いていたウェイトレスがやってきた。

ガイ

定食二つ

ウェイトレス

かしこまりました



ガイ

で?

笑顔で返事をしたウェイトレスがテーブルから離れたところで俺はメルに言った。

ガイ

破壊神の司祭の生まれ変わりだとかが
俺に何の話を聞いて欲しいんだ?

メル

ああ…

俺に小さく頷き、メルは自らの服の裾をギュッと掴む。

メル

私はかつては世界に甚大な被害を
もたらした闇司祭だった

メル

だが、世界を破滅へ導くという野望の為に
光の神の信徒共と戦いを繰り返し、奴らに
討たれる度に私の力は失われていった

尋ねた俺にメルはさっきと同じ話を繰り返す。

メル

幾度も転生を繰り返した私には、
もう力と呼べるような力はない

或る意味バカバカしいとも思える話だった。
破壊神だの闇司祭の転生だの、吟遊詩人の英雄譚(サーガ)を聞きすぎた子供の虚言だと一笑に付しても差し支えない、そんな話…

だが、子供の戯れ言だと決めつけるには話に筋が通りすぎていた。
それに何よりも魔物と戦うのが面倒で俺が代替わりの者を喚んだ時、こいつは魔導語の〈壊す〉というキーワードに応えて現れた。
魔導の言葉に於ける効果の対象として、こいつが召喚されたからには、おそらく本人の言う通りだと考えるべきだ。

ガイ

その言い方だと力と呼べない
程度の力はあるみてぇだな

彼女が俺の召喚に応えて現れた事からしてもそれは間違いないだろう。
でなければ、彼女が召喚で喚ばれるはずはない。
少なくとも何かを〈壊す〉力は持っていると考えられる。

メル

それは…



ウェイトレス

お待たせ致しました。
本日の日替わり定食です

メルが言いかけた時、両手にプレートを持ってやってきたウェイトレスが俺とメルの前に皿を置いた。
皿の上には焼きたてのパンとたっぷりめの肉料理に温野菜、それにデザートの果物も盛ってあった。

ウェイトレス

どうぞごゆっくり



メル

リンゴだな

爽やかな笑顔を残し去って行ったウェイトレスを見送っていると、メルがプレートの端に乗っていた四分の一にカットされたリンゴを手に取った。

ガイ

まあ冷めても何だしな。
先に食って…

メル

…滅せよ

俺がそう言いかけた時、メルが小さく呟く。
その言葉と共に彼女が手にしていたリンゴが変貌した。

ガイ

神聖語か…

ガイ

どうやら司祭というのは
本当らしいな

メル

馳走になる

そう言ってメルは手にしていたリンゴを口にした。
赤い皮だけが完全にきれいさっぱりと消えてしまったリンゴを…

ガイ

リンゴを消す訳じゃねぇんだな?

メル

私には、もうそんな力は
残っていない

メル

できるのは皮一枚を
消す事だけだ

ガイ

ほお…

かつては世界を滅ぼそうとしたとかいう破壊の使徒だった。
だが、力の失われた現在(いま)はリンゴの皮を破壊するのが関の山らしい。
果たしてそんな奴を葬る必要なんてあんのか?

ガイ

リンゴを食う時には便利だな

メル

破壊できるのはリンゴなら皮だけ。
人間なら着ている服だけだ

ガイ

成る程なぁ…

ガイ

……………

ガイ

…って、えっ!?

ちょっと待て。それはもしかして言葉だけで人間を素っ裸に出来るって事じゃないのか?
そんな羨ま…否、厄介な力、厳格な光の神の使徒とかなら目くじらを立てるかもしれない。
いや、それよりも或いは…

ガイ

服を着ている人間は服を〈破壊〉
できるんだよな

ガイ

けど、服を着ていない
人間ならどうなんだ?

ガイ

素裸の人間の皮一枚を〈破壊〉したら、
とんでもねぇ事になるんじゃねぇのか?

そう。衣服をまとっていない人間相手に皮を破壊するという事が何を意味するのか。
そう考えれば彼女が光の連中に狙われるのも納得がいく。

メル

私の力は衰えて
生或る者には及ばない

そう言ってメルは手にしていたリンゴを皿に置いた。

メル

もがれた果実は死にゆくもの。
故に皮一枚を破壊する事ができる

メル

人が着る衣服も生きては
いないから破壊できる

メル

だが、生者に干渉するような
力は私には残っていない

ガイ

成る程

彼女の言う事は一理ある。
命或る者は皆、生きるという意志を持っている。
魔導であれ神の奇跡であれ、己に害を為す術に抵抗し拒む力を誰しもが持っているものだ。
ならば衰えたというメルの破壊の力が効を為さないというのも当たり前だ。
だとすれば、こいつの力はリンゴの皮を消すか人をすっ裸にするくらいのものか。

ガイ

あー…

ガイ

害があるようなないような…

まあ少なくとも身体的に人を傷つける事はないという事か。
けど問題はそこじゃない。

ガイ

お前が蘇る度、光神の使徒達が
何度もお前を討ってきた

ガイ

そして、今もまたお前を討とうと
している奴がいる

メル

………

俺の言葉にメルは黙り込む。
最初に彼女に会った時に聞いた、生きながらえる事ができたという言葉。
そして、〈奴ら〉が見つけ出すまでは生きていられるという言葉。
それはメルを討とうとしている者がいるという事実を現している。

ガイ

ったく…

悪態を付きながら俺はフォークを手に取ると湯気を立てている定食を口に運び始めた。

だから関わるのは嫌だった。
関わったら最後、巻き込まれるに決まっている。
ここまで話を聞いておいて、それじゃこれで…なんて訳にはいかないだろう。

ガイ

要はお前の命を狙っている奴らに、
お前には世界を滅ぼすような力が
ないって事が解ればいいんだろ?

フォークに刺したジャガイモでメルを示しながら俺は言った。

ガイ

だったら今やって見せたみたいに
リンゴの皮を壊して見せろよ

メル

力がある事を証明する術はあっても
力が無い事を証明する術はない

ガイ

…だよな

メルの答えに俺は大きく溜息をつく。

強大な破壊の力がある事は実際に何かを破壊するなり何なりして見せればいい。
だが、破壊できないという事実を第三者に解らせる事は至難の業だった。
力在る者が力を隠しているのか、力無い者なのかを見分けるのは、まず不可能だからだ。

ガイ

じゃあ、あれだ

ガイ

「貴様らを破壊してやる」…とか
何とか言って服だけ破壊して
みたらどうなんだ?

メル

少し考えないでもなかったが…

ガイ

無理だったのか?

メル

何の罪もない正義の使徒を
全裸にするには罪悪感がな…

ガイ

破壊神の司祭が罪悪感
とか言ってんなよ!

メル

私とて、もう何十度も生まれ変わったのだ。
学ぶ事とてある

そう言ってメルは深く溜息をついた。

メル

己自身が弱い立場に立ってみて
初めて弱者の気持ちを知ったのだ

もう遅すぎたがな…と小さな呟きが続いた。

メル

何度も生まれ変わっては、
かつての記憶が覚醒した際に
幾度も幾度も殺された

メル

その都度、力は失われていき、
それにつれて記憶が覚醒する
歳も徐々に若くなっていった

メル

老人から青年へ、青年から少年へ、
更に幼い少年へ…

メル

今生では男ですらなくなった

そこで言葉を切り、メルはフッと息をつく。

メル

いずれは赤子の際に記憶が覚醒する
ようになり、もはや何の力も持たず
自分が何であったかという記憶だけに
なるだろう

メル

そして、赤子の時に葬られれば
力も存在も失われ、私はもう二度と
転生をする事はなくなる

ガイ

………

確かに彼女の言う通りだろう。
かつての力はもちろん、記憶というか自分が何であるかという自覚が完全に失われれば転生を繰り返す事はない。
だが、それならばこいつの人生は何なのか。
たとえ、かつての自分が撒いた種だとはいえ、ただ殺される為だけに何度も生まれ変わり、それが消滅するまで続くなんて…

メル

己の業(ごう)だという事は
解っている

メル

だが私は、この生を全うしたい…

メル

ただ普通に生きて
年老いて死んでいきたい

ガイ

……

メル

は?

今にも泣き出しそうなメルの頭にポンと手を置くと彼女は驚いたような顔で俺を見た。

ガイ

……………

俺は無言のままで何度も何度もメルの頭をわしゃわしゃと撫でる。
かつては光の神と争っただとか、この世を恐怖に陥れただとか、そんな事はどうでもいい。
今のこいつは、ちょっとばかし隠し芸もどきの事ができる、ただの子供(ガキ)でしかない。

ガイ

とりあえず、お前の命を狙ってるとかいう
光神の使徒とやらに会うべきだな

メル

なっ…

メルの髪の毛をわしゃわしゃと撫で回しながら言うと彼女は驚いたようだった。

メル

無理だ。
貴奴らは私の話など聞かん

ガイ

お前の話は聞かなくとも第三者の
言う事なら聞くかもしれねぇだろ

メルに答えながらも、その可能性は半々だろうと考える。
相手が頭の固い連中で何が何でも破壊神の闇司祭に制裁を!…とか考えてる奴らだったら俺がメルの肩を持っているのを見て俺ごと天誅を下しかねない。
だが、相手が慈愛に満ちた情に厚いタイプなら交渉の余地はあるはずだ。

ガイ

そうと決まれば、まず飯を食う

メル

あ、ああ…

言いながらメルの頭を軽くはたくと彼女は俺に頷き、慌ててパンに手を伸ばした。












ディートハルト

メルズィオルの居場所は
ここで間違いないのか?

クリス

探索の呪文によれば間違いなく、
この街のようですね

アデル

ディートハルト様、このような街中で
戦われるのですか?

ディートハルト

街の人々を危険に巻き込む
訳にはいかない

ディートハルト

奴が街を出た所で決着をつける

アデル

御意!

クリス

この街の入口は北方の一カ所だけです。
そこで待っていれば必ず出てくるでしょう。

ディートハルト

ああ、そうだな

ディートハルト

我々は、そこで奴を待つ

二人の騎士と騎士団付きの魔術師とは街道へと続く門の方へと歩みを進めた。

そこで街の様子を見守る為に…
自らの使命を果たす、その瞬間を待つ為に…


〈To be continued〉

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