それは今よりもずっとずっと昔の話…
世界は戦乱の只中にあった。

光の女神エレイミアが擁する聖騎士達
破壊神グェンザムの闇司祭
二つの異なる力はぶつかり合い、
やがて光が勝利を収めた。

破壊神の司祭は自らの死に際しこう告げた。
必ずや我は蘇り、世界に破壊をもたらさん。
光の使徒に破滅を与えん…

それ以降、闇の司祭が蘇る度、
光の使徒達がその野望を打ち砕いた。
その都度、司祭は宣言した。
我は必ずや蘇らんと……












ディートハルト

ようやく追いつめたな

ディートハルト

破壊神の司祭、
メルズィオル

メル

………



アデル

待って下さい。
ディートハルト様!

アデル

このような者が神敵
だというのですか?

アデル

このような幼い少女が…

クリス

甘いですね、アデル殿は…

アデル

魔術師殿…

クリス

何事も見た目の通りではない

クリス

彼女こそ転生を繰り返しては
幾度も世界を破滅の危機へと
陥れてきた、その成れの果て…

クリス

光の女神エレイミアの神敵である
破壊神グェンザムの使徒そのもの
なのですよ

アデル

しかし…

クリス

その容姿が如何にひ弱で無力に見えたと
しても、この世界を破滅へと導こうとしている
事に変わりはない



ディートハルト

メルズィオルよ、光の女神エレイミアの
御名により汝を討つ

メル

……

メル

…そうか




そっと少女は目を閉じる。
幼い顔に浮かんでいたのは全てを諦めきった表情…

それでも、もし叶うのならば…


メル

生きたかった…



























魔物

グルルルル…

ガイ

ほほぉ…

ガイ

こりゃぁ一体
どういう事だ?

ガイ

こっちの道に行きゃ何事もなく
隣街に行けるって聞いたはず
だったんだがな…

宿屋の一つもないような寂れた村で、確かに俺はそう聞いた。
最近魔物が現れて暴れて困っていると言っては、こっちをチラ見していた村人達の頼みを聞き流して村を後にしたのはつい先程のこと。

「冒険者様!」とか「どうかお助けを…!」とか言ってた連中の言い分を清々しい程にスルーして次の街への道を急いだというのに、こいつは一体どういった訳なのか…
などと考えすらしなくても分かり切っている。
俺に魔物退治の依頼を無視された村の連中がわざと、その魔物とやらがいる道を教えやがったってとこだろう。

魔物

ウガーッ!

ガイ

あー…

一瞬、腰の剣を抜こうとした手をとっさに止めた。
この程度の相手なら剣で倒せない事もない。
だが、村を出てまだそんなに行かない辺りの場所…言ってみれば、次の街までまだかなりあるような所で戦うのは面倒だ。
この様子だと、この先に何が出るかも分からないし、いちいち体を動かすのも億劫に感じた。

ガイ

面倒臭ぇ…

本当にくそ面倒臭い。
だが、目の前のそいつは雄叫びなんか上げちまって、いかにもやる気満々です!…とか宣言してるようにしか見えなかった。

ガイ

ものは相談なんだが、命は見逃して
やるから大人しく道を譲るつもりは…

魔物

ガルルルル

ガイ

…ねぇようだな

…ったくしょうがねぇ。
自分でやるのがかったるい、こんな時は他の奴にやらせるのが一番だ。

ガイ

こいつをぶっ壊せや…

溜息まじりに魔導の言葉で呟くと、俺と魔物との間に強烈な光が走った。
これで、こいつをぶっ殺すのに適した何かが出てくるだろう。

俺が行ったのは召喚術をアレンジしたもの。
本来なら描くのも面倒臭い魔法陣と長ったらしい正確な呪文の詠唱、場合によっては術を完成させる為の触媒も必要とするのだが、俺の場合は適当に魔導語を言うだけで済ませている。

魔物

ウゥゥ…

魔導の光に怯んだ魔物と俺との間に浮かび上がったシルエットが徐々に明確な輪郭を為す。

ガイ

適当にやって…

目の前に現れた召喚されし者に命令しようとした言葉を俺はとっさに止めた。
…というよりは思わず止まった。

メル

……………

ガイ

……………

魔物

……………

魔物

ウガアアアアアッ!

ああ、うん。
そりゃ、そうなるわな…
目の前の魔物より上位の何かを召喚をしたつもりだったが幼女が出てきたんじゃな…

俺と魔物との間に出てきたのは怖れを知らぬ異界の戦士でも魔力に長けた魔族でも、猛る魔獣でもなかった。
その辺のどこにでもいそうな女の子供(ガキ)がただ一人…

ガイ

言い間違えたか?

ガイ

確か、ぶっ殺せって言ったはずだが…

そういえば〈ぶっ殺せ〉じゃなくて〈ぶっ壊せ〉と言ったような気もする。
まあ、どちらもそう違いがないはずなのだが、殺戮…否、破壊がなんで幼女になった?

ガイ

おい…

メル

何だ?

ガイ

つかぬ事を聞くが、お前はもしかして
破壊の帝王だったりするのか?

万に一つの可能性を考えて目の前の幼女に聞いた。

メル

ああ、そうだ

ガイ

マジで?

メル

かつては破壊の使徒と
呼ばれていた

メル

今生も尚、その性質を
受け継いでいる

メル

しかし、現在(いま)は…

ガイ

だったら話は早い

ガイ

お前がこいつをぶっ壊せ

メル

……………

メル

話は最後まで聞け

ガイ

今は悠長に話なんて
してる暇はねぇよ

魔物

ガウゥッ!!

ガイ

ほらな…

メル

………

メル

私には無理だ

ガイ

はぁっ!?

ガイ

何でだよ?
破壊の帝王なんだろ!?

メル

かつてはそうだった

メル

しかし、今はそうではない

ガイ

この役立たずが!

メル

可笑しな事を言う

メル

私など役に立たぬ方が
良いだろうに

ガイ

必要だから喚んでんだろうが。
役に立たなきゃ意味ねぇよ!

魔物

ガアアアッ!

ガイ

やかましいっ!

ガイ

今は取り込み中だっつーのが
分かんねぇのかっ!

言ったと同時に無造作に振った片手に纏い付かせた魔力が俺に突っ込んできていた魔物に触れる。

魔物

ピギャ―――!

その途端、魔物の巨体が吹っ飛んだ。
適当にやっただけだから、どこまで飛んだかは定かではないが、まあ当分は帰ってくることもないだろう。

メル

あ…

ガイ

ったく、どいつもこいつも…

メル

そんな力があるのなら最初から
貴様が戦えば良かったのだ

ガイ

ああっ!?

ガイ

いちいち戦(や)るのが面倒だから
お前を召喚したんだろうが

メル

…そうか

メル

だが礼を言う

ムシャクシャして怒鳴り返した俺に一瞬、呆気にとられた後、幼女はフッと歳に似合わぬ笑みを漏らした。

メル

どうやら生きながらえる事ができた

メル

これで貴奴らが再び私を見つけ
出す迄の間、ほんの僅かの間でも
生きられる

ガイ

……………

何だ、そいつは…
突っ込み待ちか?
俺が詳しくするのを待ってるのか…?
冗談じゃねぇぞ。何事に関わるのも面倒だから旅路を急いでるってのに…

ガイ

まあ何か知らねぇが
俺はもう行くからな。

ガイ

お前は還るなりなんなり好きにしな

メル

………

俺を見上げる幼女の方を見ないようにしながら俺は邪魔者のいなくなった街道を再び歩き始めた…




〈To be continued〉

ある晴れた昼下がり

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