3月15日、水曜日。

白井空は、今までにない程葛藤していた。

白井 空

あー。世の中の男って、どうやって女子に話し掛けてるんだっけ

清少納言にプレゼントを渡したい。昨日気持ちをお互いに確認した後、眠れないベッドの中で白井はそんなことを考えていた。

ネットを使って調べたが、色々な意見が多すぎて決められない。そもそも、ネットだって白井にとっては書き込む者たちの欲の塊、あくまで当人の好き勝手な小説と大して変わらないものだという認識なので、元より信用できなかった。

で、結果的にクラスメイトの女子に聞いてみようということになったんだが。

白井 空

やべーよ。今までクラスの人と会話なんてしてねーから、女子どころか男子にすら話し掛けられねー

廊下に固まっていた男子の集団に近づこうとすれば、自然とあちらが場所を移す。

教室で白井の前の席で談笑している女子のグループに話し掛けるために、まずは肩をトントンしようと手を伸ばしたところで、グループの一人に見られ彼女の顔からサーっと血の気が引く。

そんなこんなで誰にも話し掛けられないまま昼休みが終わろうしていた。

授業開始5分前のチャイムが鳴る。自由な時間を過ごしていた生徒たちも自分たちの席に着き準備を始める。教室が少し静かになった。

つまり、声が教室内に響き渡る。

ハードルが上がった。

それを悟って、白井はがくりと項垂れる。

じ~~

その様子を、彼の後ろの席で一人の少女が眺めていた。

* * *

放課後。

とうとう目的を達成できないまま、しょんぼりと帰路につく白井に呼びかける一つの声があった。

白井くーん、ちょっと待ってーー!

白井 空

え? 何? 俺に何か用?

白井君今日いつもと違った。今日は何だか、誰かに話し掛けようとしてた。クラスメイトに関心を持ったみたい。失敗したみたいだけど

白井 空

う、うるさい。何だ? お前はそれで俺を馬鹿にしに来たのか?

違うよ。何だか一生懸命な白井君が面白くてさ。何か聞きたそうだったから、力になれないかなと思って。…それに前から白井君に興味もあったしね

白井 空

本当か? いやー良かった。実はどうしても聞きたいことがあったんだけど、話しかけ方が分からなくてさ。本当助かるよ

喜んでくれて良かった。それで? 白井君は女の子にどんなことを聞きたいの?

白井 空

えっと。その、俺好きな人がいるんだけどさ。だから、初めてあげるちゃんとしたプレゼントって、どんなものがいいのかなって

え? 白井君好きな子いたの!? あの何にも興味ありませんて顔してた白井君に!?

白井 空

うるせえ。やっぱり俺を馬鹿にしに来たのか?

違う違う。何だか驚いちゃってつい。それにしてもプレゼントか。うーん。私もそんな相手がいないから分かんないけど、自分が好きなものとか気になってるものをくれたら、『ああ、この人は私のことをよく見ていてくれてるんだな』って嬉しくなるよ。私だった髪を束ねるリボンとか何気に好きだしね

白井 空

あいつの好きなものねぇ。なるほど。よし分かった。ありがとな、話し聞いてくれて。じゃあまた学校でな宮永!

そう残して、白井は走ってその場を去った。

私の名前。他人に興味なさそうなのに、知っててくれたんだ

夕焼けは、誰の元にも平等に朱い光を届けている。

* * *

白井 空

ただ今。おーいなぎ、いるか?

名前を呼んでみたが、返事はなかった。

美玖の部屋を訪ねても誰もいなかったので、今度は千冬の部屋を覗いてみる。

千冬

あら、早かったじゃない。何? 私の着替えでも覗きに来たのかしら? 清納に言いつけるわよ

白井 空

いやいや違-よ。あいつを探してるんだよ。どこにいるか知らない?

千冬

さあ。あなたの部屋にでもいるんじゃない?

白井 空

そうか。サンキュー千冬。お、リップの色変わってんじゃん。似合ってるよ。じゃあな

千冬

……馬鹿

けれど呟いた先に、白井の姿はもうなかった。

白井 空

なぎー?

手に小さな袋を下げて、自分の部屋に向かう。中には一冊の本。

『枕草子』。清少納言が好きなものといったらやっぱりこれが浮かんだ。

反対の手で扉に手をかけ、開く

白井 空

なあ、なぎ。渡したいものが……なっ?

その先にあったのは、

ばらまかれた大量の原稿用紙と。

その中にうずくまる清少納言の姿。

白井 空

おい、どうした!? なぎ! おいなぎっ!!

駆け寄って抱きしめようとして、気付く。

彼女の体が、腕が、胸が、髪が、その、顔が。

半透明に透けていた。

白井 空

なっ?

そして、ぽつりと。

清少納言

私は、やっぱり、運命からは逃げられない……

消え入るような、そんな小さな声が聞こえた。

〔七〕甘い一日、三月十五日は

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