2月19日、土曜日。

朝起きた白井は、部屋を出て早々、清少納言に捕まった。

白井 空

何だよ。こんな朝っぱらから?

白井の問いに、彼女は答えない。。ただ、彼女尾は決めていたのだ。

水曜日のあの夜に、白井の本に対する、物書きに対する態度の訳を聞いたあの夜に。

千冬から好きに使っていいと許しを得ている彼女の部屋に付くと、清少納言はようやく立ち止まった。

くるりと180度回って白井と向き合い、両手を握ったままに言った。

清少納言

今日は土曜日。学校とやらはお休みなのだろう? だから、今日1日私とデートしよう!

『高校生 幸せ』。今時の若者はみんな使っているというねっとなんてものを、千冬や久美、メイドのはるかから使い方を教わり、検索した。

その結果、彼女が白井を幸せにするために選んだのがこれだった。

白井 空

お前はいきなり何を言い出すんだよ。俺とお前が? デート? やなこった

清少納言

何を言う空よ。高校生というのは「アオハル」時代なんだろ? そして、恋愛がしたいお年頃何だろう? だったら、私も興味があるからな

白井 空

なっ。変なこと言うなよ。お前は清少納言なんて言ってて、小説が好きなんだろ? だったら部屋でいつもみたいに物語でも書いてろよ!

言って。だけど、白井は清少納言の、本当に悲しそうな顔を見てしまう。

白井 空

何で……

いつかの、あの時の自分と似たような、後悔と切なさが入り混じったような、あの顔を

白井 空

どうしてお前がそんな顔をするんだよ

清少納言

いやさ、私な。もう、物語を書くのはやめようかと思って。それで、何か新しいことしたいなと思って。だから、空とデートがしたい

白井 空

何で? お前は清少納言なんだろう!? それほど本が好きなんだろう? だったら、簡単にやめるなよ。そんなに簡単に、諦めたりす……っ

その続きは、言えなかった。まるで、自分自身に言い聞かせているみたいだった。

言葉のブーメラン、とはよく言ったものだ。

結局、白井も彼女も、似た者同士だったのかもしれない。

白井 空

いいよ。分かったよ。ああ、ああ! 今日1日と言わず、これからずっと、一緒にいよう

言って二人は歩き出した。これからずっとなんて、この時の言葉に、白井の本当の意味での心は籠っていなかったかもしれないけれど。

その言葉を心底願うようになるのに、時間はそれほど掛からなかった。

* * *

3月14日、火曜日。

始めて二人が出会ったあの小さな路地で。

白井 空

ほら、これやるよ

清少納言

何だこれは? ……こ、これは!? 私が空とあった日にもらったあの美味なお菓子じゃないか!?

白井 空

一か月前に、お前みんなと作って俺にくれたろ? そのお礼だ

清少納言

ぱくっ! ふむふむ。美味しい! 何だかあの時のより温かくて、それに甘いぞ!

白井 空

あの時とは気持ちが違うからな

清少納言

気持ち?

白井 空

ああ。なあ、なぎ。俺さ、お前のことが好きだ。だから、これから先も、ずっとずっと一緒にいよう

清少納言

な、何だいきなり。そんなことは一か月前にデートを誘った日に言ってたではないか!? 私はあのときからそのつもりだったぞ!

小さな世界の、そのまた片隅で。
二つの影が重なる。

神様のいたずらか、その場には手を握って家に駆る二人以外に、誰の姿もなかった。

だから。

世界を染める暁の夕日が、清少納言は体を貫いて、白井の影と切り離していることに、誰も気付けなかった。

笑い合う彼らの後ろで、白井の右手の影は、何もない虚空をいつまでも握っていた。

〔六〕今にさぶらふ御二人は、感ず

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