良い悪いはともかく、どこの家庭にも役割分担というものはある。
 朝ごはんと晩ごはんを料理するのは、一人娘の私の仕事だ。

周音(あまね)

 はい、玉子丼、お待ちどおさま。

遵(まもる)

 上手くなったな。中学の調理実習?

周音(あまね)

 父の教えの賜物です。

遵(まもる)

 よく言うなあ。

 と言いながら満更でもなさそうなのが、私のお父さん。名前は遵(まもる)。
 実際、料理はお父さんから教わったから、私の言ったことに嘘はない。
 お父さんの大きな丼と、私の丼をテーブルに並べる。

周音(あまね)

 それから……。

 丼と呼ぶには小さい、茶碗と呼んだほうがよさそうな器に玉子丼を盛り付けて、私はキッチンを出る。 

 玉子と出汁の香りが、不釣り合いな居間に広がる。
 その片隅の洋服だんすの上に、玉子丼を置いた。
 傍らの写真立てを見る。

巡海(めぐみ)

 フレームの中でカップを携えた、この人が私のお母さん。名前は巡海(めぐみ)。

周音(あまね)

 ……。

 私は、写真でしか母親を知らない。

遵(まもる)

 あのさ、周音(あまね)……。

周音(あまね)

 なに?

 食事中、お父さんが話しかけてきた。珍しいけど、何を言おうとしているのか想像はつく。

遵(まもる)

 父さんさ、結婚しようと思うんだ……。

周音(あまね)

 胡詠(こよみ)さんでしょ?

遵(まもる)

 あ、知ってたのか。

周音(あまね)

 わかるよ。それくらい。

胡詠(こよみ)

 胡詠さんは、お父さんの会社に勤めている人だ。しばらく前に、家に来たことがある。お父さんより八歳くらい年下で、結婚していたことはないはず。

周音(あまね)

 きれいな人だよね。

遵(まもる)

 ああ、まあ……。周音が嫌じゃないなら……。

周音(あまね)

 私なら気にしないで。好きなんでしょ?

遵(まもる)

 うん……。

周音(あまね)

 写真、しまっておくね。

遵(まもる)

 写真?

周音(あまね)

 お母さんの。

遵(まもる)

 そうか……ごめんな、周音。

周音(あまね)

 お父さんが謝ることないよ。

 丼をキッチンに片付け、居間に入る。
 写真立てを取り上げ、裏蓋を外すその前に、私はお母さんの姿をもう一度見つめた。

巡海(めぐみ)

 元々、身体があまり強くなかったらしい。私を産んだ無理がたたったのか、一年も経たないうちに容態が急変し、そのまま帰らぬ人となった。

 テレビ台の扉を開ける。そこが家族のアルバム置き場になっていた。一番古いアルバムの、空白になっているページに写真を挟む。
 しばらくアルバムをめくった。最初のページには、幸せそうに寄り添うお父さんとお母さん。でも、一冊を通してみれば、お母さんのいないページのほうがずっと多い。

周音(あまね)

 ……お父さんが謝ること、ないよ。

 私は、写真立てとアルバムを、テレビ台の一番奥に押し込み、扉を閉めた。

pagetop