良い悪いはともかく、どこの家庭にも役割分担というものはある。
朝ごはんと晩ごはんを料理するのは、一人娘の私の仕事だ。
良い悪いはともかく、どこの家庭にも役割分担というものはある。
朝ごはんと晩ごはんを料理するのは、一人娘の私の仕事だ。
はい、玉子丼、お待ちどおさま。
上手くなったな。中学の調理実習?
父の教えの賜物です。
よく言うなあ。
と言いながら満更でもなさそうなのが、私のお父さん。名前は遵(まもる)。
実際、料理はお父さんから教わったから、私の言ったことに嘘はない。
お父さんの大きな丼と、私の丼をテーブルに並べる。
それから……。
丼と呼ぶには小さい、茶碗と呼んだほうがよさそうな器に玉子丼を盛り付けて、私はキッチンを出る。
玉子と出汁の香りが、不釣り合いな居間に広がる。
その片隅の洋服だんすの上に、玉子丼を置いた。
傍らの写真立てを見る。
フレームの中でカップを携えた、この人が私のお母さん。名前は巡海(めぐみ)。
……。
私は、写真でしか母親を知らない。
あのさ、周音(あまね)……。
なに?
食事中、お父さんが話しかけてきた。珍しいけど、何を言おうとしているのか想像はつく。
父さんさ、結婚しようと思うんだ……。
胡詠(こよみ)さんでしょ?
あ、知ってたのか。
わかるよ。それくらい。
胡詠さんは、お父さんの会社に勤めている人だ。しばらく前に、家に来たことがある。お父さんより八歳くらい年下で、結婚していたことはないはず。
きれいな人だよね。
ああ、まあ……。周音が嫌じゃないなら……。
私なら気にしないで。好きなんでしょ?
うん……。
写真、しまっておくね。
写真?
お母さんの。
そうか……ごめんな、周音。
お父さんが謝ることないよ。
丼をキッチンに片付け、居間に入る。
写真立てを取り上げ、裏蓋を外すその前に、私はお母さんの姿をもう一度見つめた。
元々、身体があまり強くなかったらしい。私を産んだ無理がたたったのか、一年も経たないうちに容態が急変し、そのまま帰らぬ人となった。
テレビ台の扉を開ける。そこが家族のアルバム置き場になっていた。一番古いアルバムの、空白になっているページに写真を挟む。
しばらくアルバムをめくった。最初のページには、幸せそうに寄り添うお父さんとお母さん。でも、一冊を通してみれば、お母さんのいないページのほうがずっと多い。
……お父さんが謝ること、ないよ。
私は、写真立てとアルバムを、テレビ台の一番奥に押し込み、扉を閉めた。