4話:いつだって悪魔の話は美味しそうなのだ
――次の日の朝――
むにゃむにゃ、ねーむ。ゴシゴシゴシ……よし。
おはよう、俺!
ニャンで鏡の自分に向かって挨拶してるの……
え、えー普段通りだけど? なんかおかしいのこれ?
な、何を変なことしてるの陽太……
ウワーン、2対1。これは多数決の暴力……
(じゃなくって。陽太はしない習慣だったのかもな。気をつけないと。)
あっ雪華お姉ちゃん、その髪飾り綺麗だね。お姉ちゃんの髪にすっごく似合ってる。
まあ、おませさん。あんまりそういうことばっかり言ってると、軽薄なやつって思われますからね。 小学生男子にてその着眼点、さすがはわたしの弟だわ。
(最初から思ってたけど、お姉ちゃんもなんか変な子……)
(言ってくれるな。こんな完璧な彼女に、おかしなところなどない。)
恋は盲目ってやつぅ~?
他愛もない会話、些細なやりとり、だけど大切な時間。俺は、こういった時間を大切にしてこれからを生きていくんだ。
――兄ちゃん――
真(シン)――!!
あ……俺は、何をして……? 今俺は、弟のことを、忘れ、てたのか……? 誰よりも大事な真のことを――
こうしちゃいられねぇ。行くぞ俺は。
あっ慌ててどうしたの。退院して一晩しかたってないのよ。まだ無理しちゃあ……
もう一晩も、だぜ……! (その間俺は、ずっとあいつをひとりぼっちにさせてたんだ!)
お願い、行かない―――
後ろで雪華ちゃんが何か言ってる気がするけど、一秒だって惜しい。俺が死んでから、真はずっと一人で心細い思いをしているはずだ。 俺は家を後にした。
走る。走る。静かな住宅街を抜けて、車が行き交う大きな道路を抜けて。ああ、信号待ちの時間ももどかしい。
途中、小さな男の子が話しかけてきた。
陽太じゃーん! 事故ったって聞いて心配してたんだぜ。元気そうじゃん!
誰だお前は。
えっ そんな 一週間会わないだけで忘れられたの僕?
(やっべぇ知り合いか? こんなところで……! 名前なんて知らないぞ!)
その子は大地(ダイチ)。隣のクラスの子。一緒にサッカー選手への夢を語った友達だよ……!
頭を走るノイズ。知らない記憶が流れて……?
痛っつ……だ、大地? 悪いけど、急いでて、サッカー談義はまたね……!
お、おう。忘れてなかった、よかった。またな! 無理すんな!
公園の中を抜けて、並木道路を、川沿いの道を駆け抜けて、走る。
はあっはあっ……
ちゃんと道はわかってるのぉ~?
涼しい顔でついてきやがった。俺全力で走ってるのに……お前、足速いな……
なんだって、道? さっきちゃんと住所調べてきたんだ。ここは隣町。俺のもとの家の、な。
なら後は簡単だ。自分の家だぜ? 忘れるわけがない――
!……!?
空白。
思い出せない……何で!?
頭の中が……薄ぼんやりと霞む。雑に消しゴムをかけたみたいに、そこに何かあった跡だけ残して、道筋も過程も全部思い出せない……
俺の兄弟……
違う! そっちじゃない! 俺の……!
……
おい、お前だろ! お前がなんかしたんだろ……!
うふふ~ん♪ つっても、オイラが何かしたってわけじゃないけど。
ねえお兄さん。転生なんて大それたことしといて、記憶も何もかもそのままなんて、虫が良すぎると思わな~い?
お兄さんは、今、少しずつその肉体と同化し続けてるの。おめでとう! 陽太くんの体がお兄さんを受け入れたんだね。
完全に同化したら、お兄さんは陽太くん。ううん、新陽太くんかな。 そうなったら、もはや不要な過去の記憶は消え去るニャン!
冗談じゃねええええ騙したな!!
騙した? 嘘は言ってないニャン。魂が同化するまで2日間、それまでに誰かにバレたら、魂が吹き飛ぶ。2日間耐え抜けば、肉体と魂が同化して生まれ変わるの。
いちおう言っとくと、オイラも気を使ってるんだからね。
正体がバレて、お兄さんの魂が消滅したら、その空っぽの体は……死にゆくだけだもん。 それはオイラも望んでないの。
俺の記憶が薄れたり、知らない記憶が入ってくるのはそういうわけか……
入ってくる記憶のお陰で、陽太のふりをするのは難しくなくなってきた。むしろ問題なのは――
2日間って……もう、今日しか残ってねぇ!
俺は! 俺は消えたくない……!
ああ、ああ……
続く……