【第10章:祈り Ⅱ】













































と言ったものの、



神殿行きは自分で決めたこと。
これが最良の策のはず。


それなのに

なぜ私だけが、との思いは
ずっと胸の中でくすぶり続けている。





猫を治したり
花が咲いたり

あれは本当に私の力なのだろうか。

手からファイヤーボールを出す、とかなら納得もいくんだけど



魔女だという噂のせいで
誰も近寄らない。

たったひとり、
クレアだけはそばにいてくれたけれど
彼女の結婚でそれも終わる。





神殿には神官長様を始め
数人の神官がいるが、
打ち解けた会話をすることもない。

若い娘が、朝から晩までお祈りするだけって






「飽きませんか?」

……えっ?





声が聞こえた。

しかし、周囲を見回しても誰もいない。











……

……いいえ。飽きることなどなにも





また聞こえるかもしれない。

そんな期待を込めて
私は返事を返す。












でも
















……


なにも聞こえない。


























私は

空耳が聞こえるほど、
空耳に返事をしてしまうほど、

寂しかったのだろうか。






























こうしている間にも


クレアは遠い異国の地で
幸せを手に入れている。


私は一生足掻いても
手に入れることができない幸せを。







同じ双子なのに。

髪の色と目の色以外は
同じなのに。






私は、ひとり……






……どうしてよ……





小さい頃から

いや、もうずっと前から
私はその声を聞いていた。


その声は
私のそばにいてくれた。


あなたは誰!?
どうして姿を見せてくれないの!?


「友達」とはこういうものだろうと
思ったこともあった。


その声が

結局は私の心が生み出した
ただの妄想でしかないなんて、


そんな――
























「過去を引きずって生きるより

その時々の人生を謳歌したほうが
ずっと前向きだ」










今、のは……なに……?



脳裏に響いた声は
確かにいつものあの声で



























また考えごとをしていますね


もう1度聞こえないかと
耳を澄ませていると

ちょうど通りかかったのか、
背後から神官長様に声をかけられた。






彼は私の隣に立つと、
庭とは名ばかりの
鬱蒼と茂る林に目を向ける。

ここも殺風景なので花でも植えようかと思っているんですよ



そんなことを言いながら
差し出してきたのは
小さな球根。

これは?

水仙です

水仙の持つ意味は「自己愛」。
自分を愛せる人だからこそ他人の幸福も祈ることができるのです

あなたにお任せしていいですか?

私に?





猫が元気になったり
花が咲いたり

そのせいで私は魔女と呼ばれた。


クレアばかりが
幸福を掴んでいくのを見て
こんな力はいらないと思った。



























私に
本当に魔女の力があるのなら

きっと花は咲くだろう。





けれど
自分すら愛せない私が
「自己愛」の花を育てるなんて

まるで道化じゃな……









「幸せになってもらいたいよ」













身体が勝手に動いちまった

お付き合いしますよ、どこまでも



「過去の記憶も」

な、なんでもない

探し回らずに済みそうだな



これは、なに?

お好きでしょう?

会えて嬉しいよ



「過去を共有する俺も」

約束だ

もし叶うなら――




これは……

























「いないほうがいいのかもしれない」


























レナ
























そんなことない!!































どうしたのです。大きな声を出して



神官長様の驚いた声に
はっ、と我に返る。

あ、え、ええと


思い出した。

私が誰なのか。
あの声が、誰だったのか。










神官長様は
ふと、遠くに視線を向けた。

そう言えば以前、皆に神の思し召しがあるように祈るのだと仰っていましたね

……ええ


先日、神殿でそう答えた。

心にもないことを言っていると
感づかれただろうか。



そう思っていると……

お祈りなんてものは、「皆が幸せになりますようにー」と祈って、それで幸せになっていればそれでいいんです

と、独り言のように呟いた。






はい?

思わず聞き返した私に
神官長様は微笑む。

猫や花が元気になったら魔女扱いされた、というのも

元気になってほしいと思うあなたの気持ちが彼らに伝わることで、彼らが生きる力を奮い起こしたに過ぎません

よく言うでしょう?
「病は気から」って

……

適当だ!

今、適当だ! と思いましたね?

あ、いえ


























見上げる空はいつも遠い。



あなたがここにきて数年、ずっと上の空のようでしたが、



あの空を
私は誰かと見上げたことがある。





先ほどから急にいい顔になられた。
まるで、心の奥に引っかかっていた淀みが消えたかのような

……



































はい



思い出した。

ずっと引っかかっていた
「大切なもの」を。


























そう。その笑顔。
そうやって笑っていれば、いつかあなたにも「犬や老婆や機械やネズミでも、そして同性だったとしても大事にしてくれるような人」が現れますよ

……へ?















誰から聞いたんですかーーっ!!



























ごめんね。
思い出してあげられなくて。



























私はずっと
ここで待ってるから――。















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