【第10章:祈り Ⅰ】

































ずっと心の奥に
引っかかっていることがある。







なにか大切なものを
失ってしまった記憶。


いや
失った時に感じる焦りのようなもの、
と言ったほうがいいだろうか。



幼い頃から

ただその焦りだけが
繰り返し、繰り返し呼び起こされる。

























またお祈りをしているのですか?

神官長様


私の価値は祈ること。

でも本当は
祈りに価値など見いだせない。

はい。少しでも皆に神の思し召しがあればと


嘘ばっかり。

知らない誰かのためになど
祈る気にもなれない。

……

そう言えばあなたがここに来てもう何年になるのでしたか……




ただ
この焦りが何なのかを知りたい。











































































遡ること数年前――


























神殿に行くって本当なの?



息せき切って
部屋に飛び込んできたのは
双子の姉、クレア。

……あら

随分と早く伝わったものだ。

家を出るまでは、と
口止めしておいたのに。


そのほうがいいでしょう?



私は


荷造りの手を止める。






























双子だというだけあって
クレアと私はとてもよく似ている。

違うのは髪の色と目の色、
そして卒業した学校くらい。



私が家で行儀見習いをしている間
クレアは山の向こうにある国に
留学していた。




何故クレアだけ、と言えば

彼女が姉だから、
というのもあるけれど、


皆のいうことなんか聞く必要はないわ。
あなたは私の大事な妹で、

……魔女と呼ばれている

レナータ!



私の存在を外に知らしめたくない
からだろう。























私のまわりでは
昔から不思議なことが起きた。


病気だった猫が
急に元気になったり


花が咲いたり。




私は猫や花が元気になるように、と
祈っていただけ。

クレアや両親の

「神様がレナータの声を聞いて
下さったんだね」

という言葉を
鵜呑みにしていたのだけれど










どうやら
そんな甘い考えは
我が家だけのことだったようで……

































いつしか




人々は私のことを
魔女と呼ぶようになっていた。















私がこの家にいれば、クレアに迷惑がかかるわ


クレアは近々
山の向こうの国に
嫁ぐことが決まっている。


留学先で出会ったという彼は
私のことを知らないが

家族ぐるみの付き合いを重ねれば
いつかは耳に入る。








そうなれば
「双子の」クレアまでもが
魔女と疑われるであろうことは
想像に難くない。








クレアは普通なのに。

普通の女の子なのに。






























私のことより!
魔女というのは力を悪いことに使う女のことでしょう!?
レナータは違うわ!

私はクレアに幸せになってもらいたいの

私は、

彼の耳に私の噂を入れるわけにはいかないわ。余計な中傷は避けようとなさるに決まってる

……

……





クレアがこの婚儀を
待ち望んでいることは知っている。


そうでなくとも
異国が、身分が、と
様々な問題をクリアして

やっとここまでこぎつけたのだから。













だから私は










「幸せになってもらいたいよ」


どうしたの? レナータ



声の止まった私に
クレアが訝しげな顔をする。

……いいえ、なんでもないわ



知らない声が聞こえた、なんて
言えるはずがない。

クレアにさえも。
























それに、最近は魔女狩りが厳しくなって来たでしょう?
ここにいるより神殿に行ったほうが私も安全なの

なにがあっても神様のせいにできるでしょ





おかしなものだ。

一般人の力は魔女と忌み嫌うくせに
神官や巫女が同じことをすれば
奇跡だと崇め奉る。




でも
だからこそ





私が神殿に行くことは
私と、家族を守ることになる。




























……それでいいの?
神殿に行ったら自由に恋もできないわ



クレアはそれでも不満そうだ。



彼女のように
恋が人生の最重要事項だとは
思わないが

ある程度自由が狭くなるのは
確かだろう。






でも。

それでも。


だって私にはそれだけの相手がいないもの

私はね。私が犬や老婆や機械やネズミでも、そして同性だったとしても大事にしてくれる人が理想なの

そんな人、いやしないわよ

ふふ

それっくらい理想が高いってことよ。私に恋など無縁だわ








「魔女の私には」





そんな棘は
口を噤むことでやり過ごす。

吐き出すことのできなかった棘が
チクチクと胃に刺さる。








そんな口から出まかせの理想、
私自身、信じちゃいない。
























「幸せになってもらいたいよ」






……誰だろう



ずっと昔から聞こえる声。
私を案じてくれる声。















でもこの声が
萎びてしまいそうな私の心を
支えてくれたのも確かなことで――




























クレアがいてくれて本当によかったわ。
お父様とお母様をよろしくね





明日、この家から私の存在は消える。

それでいい。








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