勇者と魔王の呪転生


第6話




   













 すべての記憶が甦ったのは、15歳の誕生日を迎えたその夜のことだった。


 長い夢を見た。勇者と魔王、交互に転生し、六つの世界を見た。


順番的に、俺は勇者か。……勇者ってなんだ?

 
 目覚めたとき、最初に思ったのはそんな疑問だった。


 この世界にも、人間界と魔界はある。

 一つの大きな大陸に、二つの世界。

 今まででもっとも多かったタイプだが、そのどれともこの世界は違い、特殊だった。

 俺は街外れの丘の上から、遠くに見える巨大な壁を眺める。


 この世界は、あの壁によって二分されている。

 大陸の南側は人間が暮らす人間界。北側は魔物が棲む魔界。


 人間と魔物が戦争を行っていた、千年前。
 壁を作り世界を分けることで、戦争を終結させたのだ。


 不可侵の条約を結び、世界に平和が訪れた。

 




 だけど俺たちは知っている。目を逸らしているだけでわかっている。



 人間は貴重な鉱石を取るために、度々魔界に入っている。

 魔物はなにをしているのかわからないが、人間界の山や森で目撃されている。


 あの巨大な壁には、すでに綻びが生じているのだ。



 それでも人は目を逸らし、それぞれの生活をしている。

 人間界に……勇者など。物語の中だけの存在だ。


だけど俺は勇者になる。だとしたら……魔物が攻めてくるのか?

 
 可能性はあるだろう。

 しかし――。

 



あ、こんなところにいた。
リード、おばさんが探してたよ?

あぁ……

 
 呼びに来た幼馴染みの顔を見る。

 家が隣で同い年。15年間側にいた女の子。



なぁ……ベル

 


 ……俺はこれから、勇者になるのかもしれない。


 しかし、その前に。

 この転生の呪いの正体を、暴かなければならない。







お前、魔王ベイルだろ?

…………

 



 俺がその名を口にすると、彼女は驚いた顔をして、今までに見たことのない笑みを浮かべた。


……さすがに、気付いたんだ

 


 幼馴染みのベル。
 彼女は、俺が最初に倒した魔王、ベイルの転生。

ようやくな。だが、ベルだけじゃない。ずっと俺の側に転生していたんだろ?

 

 魔王ベイルは、呪いをかけるときこう言っていた。

 







ふふふっ……。今、お前の魂に私の魂を繋げた

た、魂を……?

私がかける呪いは、魂の呪い。お前の魂、穢してやるぞ

 







 





……そう。私の呪いは、魂を繋げてかける呪い。私の魂と繋がっている限り、あなたは勇者と魔王に転生し続ける。

その代わり、私はあなたの側に転生することになる

やはり、そういうことだったのか

 

 共に転生し続ける呪い。それは決して、敵対者としてではない。


魔王ジードの時は

レドナ。あなたの部下として

勇者ジーンの時は

フィーナ。あなたの母として

魔王ゲインの時は

オルネイト。あなたの戦友として

勇者リイトの時は

アイ。あなたの妹として

魔王イードの時は……

サローナ。あなたの……恋人として

 



……そして、今回は俺の幼馴染み、か

そうね。あなたの名前は初代と同じ、リード。私はベイルと似ている、ベル。
これは、あなたが呪いの正体に気付いたからかしら?

おそらくな。
だが……気付けたのはお前のおかげだ。サローナ

 
 俺よりも先に魔王ベイルの魂の持ち主が死んだのは、二回だけ。

 オルネイトの時は戦闘中でそれどころではなかったが、サローナの時はしっかり最期を看取ることができた。


 死の間際、彼女はこう言っていた。

 




『生まれ変わったら……また、会えるわ……』




 最初は、普通に言葉通りの意味だと思った。

 しかし彼女とは、死後の話などしたことがない。

 あの世界では『死んだら消えるだけでなにも残らない』と考えるのが一般的だったからだ。



 それでようやく気付いたのだ。


 俺の魂と繋がった、魔王ベイルの魂はどうなった?


お前の存在に気付いた時……すべてがわかった。呪いの正体も、呪いを解く方法も

そう……

ただ一つ、わからないことがある

なにかしら?

お前にも、魔王ベイルの記憶はあったはずだ。

それなのに、何故、俺を殺そうとしなかった?

 

 常に親しい人物に転生していた。殺そうと思えば、殺せたはずだ。

私が殺したら意味がないじゃない。これはあなたが勇者として、魔王として、戦い続ける呪いなんだから

……それはそうだが

でもね。それだけじゃない

 


 ベイル……いや、ベルは優しく微笑んだ。



殺せないよ。部下として、母として、戦友として、家族として生きてきた私に、あなたを殺すことなんてできない。だから……

 

 その頬を涙が伝う。

恋人になった。命を救われ配下になるだけだったのに、ね

ベル……キミは

私はもう、リードのことを憎いんでいないよ

 



 転生を重ねる内に、彼女は変わっていったのだ。


 俺はそれをずっと側で見てきた。だから本当のことを言っているだとわかる。


ベル。俺も同じだ。勇者として、魔王として、戦いを続けることで、色んなことを学んだ

わかってる。あなたの戦い方が変わっていくのを、ずっと側で見てきたから

……だったら俺が今考えていることもわかるか?

順番的に、あなたは勇者になる運命。

でも……リードは、人間界の勇者になるつもりはない

 


 呪いの正体に気付かなければ、俺は順当に人間界の勇者になっていただろう。


 だけど……そうはならない。



 六つの生を経て、導き出した答え。



俺は、人間界も魔界も救う勇者になる

 

 どちらかを滅ぼす存在にはならない。

 人間と魔物は共存できる。理解し合える。それを知っているから。


それって、今までの世界で一番大変じゃない?

だな。手伝ってくれるだろ? ベル

もちろん。私はずっと、リードの側にいるんだから

 


 人間界の勇者にも、魔界の王にもならない。



 それは茨の道となるだろう。

 だけどやることは今までと同じだ。少しずつ、仲間を増やしていけばいい。

 そうすれば、いつかきっと。世界中の人がわかってくれる日が来る。




それじゃあ、ベル。あとはこの呪いを解いてくれないか?

呪いを……?

転生の呪いだよ。呪いをかけた本人なら、解くことができるだろう?

 
 ベイルの存在に気付いた時、同時に解呪の方法もわかった。

 術者に頼めばいいだけだと。


……そうだね。繋がっている魂を元に戻せば、呪いは解ける。私が願えば、それは可能よ

思った通りだ。じゃあ

でも、イヤ

い、イヤ? おい、ベル……?

 
 ベルはそっぽを向いてしまう。


リード。ふたりなら、あなたの言う偉業を成し遂げられるって信じてる。

だけどね、私はその後もずっと、リードの側にいたいの。離れたくなんかない。

だから……魂の繋がりを切りたくないの

……ベル

リードはイヤ? 私みたいな女に付きまとわれるの

イヤなわけないさ。

……そうだな。俺もずっと一緒にいたい。これからも、ずっと。……だけど

 

 俺はベルを正面から抱きしめる。

リ、リード?

ベル。だったらこれは、もう呪いなんかじゃないよ。魂の繋がりは、祝福の加護だ

……ふふ。それなら、呪いはすでに解けているのね

 



 その瞬間――










 





祝福の加護、か。だったらもう

私たちの記憶は、必要ないわね

 

だが忘れるな。魔物にだって、人間とは変わらない仲間がいることを

一人で戦おうとしないでくださいね。一緒にいる人のこと、忘れないで

 

親を残して死ぬようなことはするなよ

そうよ。いくら世界が平和になっても、残された者には悲しみしかないんだから

 

背中を預けられる仲間を探せ

二人っきりってのも、よかったんだがなぁ。仲間は多い方がいいだろ?

 

人数が多くなったらなったで大変だけどな。組織の管理を任せられる仲間がいた方がいい。

……それと、身体には気を付けて

病気になったら元も子もないからね! ちゃんとしたご飯食べさせなきゃだめだよ!

 

使命だけがすべてではない。愛する者をしっかり守れ

幸せになってね。私から言えるのは、それだけ

 

俺は勇者として、誇りを持って戦った。お前も成すべきことに誇りを持て

私は魔界を滅ぼした勇者が憎かった。

でもこの人は、勇者に生まれても魔王に生まれても、自分の世界を守るために戦ってきた。

だから……もう、いい

どちらの世界も救うというのなら

私たちに、救った世界を見せて欲しい

頼んだぞ

 














 ――ずっと自分の側にいた人たちのことが、思い出せなくなった。







 








……あれ? 思い出せないって、なにを……?

わからない……。でも、なにかを忘れてしまった……

 

 なにを忘れたのかもわからない。
 消失感だけが残っている。


 俺もベルも、涙を流していた。





ありが、とう……

リード……?

わからないけど、お礼を言わなきゃいけない気がして

……そうね。ありがとう。この言葉を誰かに言いたかった

きっと届いたよ。それに……

 

 俺はベルの身体を離し、自分の胸に手を当てる。

全部忘れたわけじゃない。大事なことは、俺の中にある

 

 これからやろうとしていることはもちろん。

 成すべきこと、その誇りについても。

行こう、ベル。やることはいっぱいだ

……うんっ!

 


 涙を拭い、手を繋ぎ。

 ふたりは並んで歩き出す。





人間界も魔界も、両方救ってみせるからな

 





 リードとベルの冒険は、今始まったのだ。




 









「勇者と魔王の呪転生」了




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