周囲の皆が帰路に就く中、残った男性が名乗った。

???

俺の名前は道崎康博(みちざきやすひろ)。
君を助けた勇人の同級生で、当時一番仲が良かったと自負している

優咲

遠山優咲です。宜しくお願いします

 優咲も挨拶をすれば彼は頷いた。

康博

優しく咲く・・・とても綺麗な名前だね

優咲

ありがとうございます

 名前を褒められるのは少し照れ臭いが嬉しかった。
 そんな優咲を見ながら、彼は早速話し始めた。

康博

10年前の今日も俺は・・・勇人と帰宅していたんだ。
そして別れてから少ししてこの交差点へ着くのが勇人の通学路だった

優咲

そうなんですね・・・・・・

康博

勇人のお母さんから電話があったのは・・・俺が家に着いてからだった。
驚いたよ・・・女の子を庇って自分が重傷を負ったなんて・・・正直信じられなかった。

だけど勇人ならその位やりそうだとも思った

優咲

・・・優しい方だった、と母も言っていました

 そう呟いた優咲に頷きながら彼は続ける。

康博

うん・・・馬鹿みたいに優しい奴だった。
だけどそれだけが理由じゃないと・・・俺は思ってるんだ

優咲

え・・・・・・?

 驚いて問い返す優咲に彼は静かに答える。

康博

勇人はスクールソーシャルワーカーを目指していた。
その理由は身内の不幸だと・・・話していた事がある。

詳しい内容は言わないし訊けなかったが・・・同じように身内が不幸になって苦しむ人を見たくなかったんじゃないのかって思うんだ

優咲

・・・そうだったんですね

 そう返しながら優咲は彼の姿を思い浮かべる。

 『人が幸せなのを見るのが好き』・・・そう言っていた事は心優しい彼らしい話だと思っていたが、きっとそれだけでは無いだろうと何となくは思っていた。

 優咲に話していない事も沢山あるのではないか・・・そんな気がしていたのだ。

康博

勇人はすっげー優しい奴だったよ。
だけどそのせいか、自分の事は余り話したがらなかったんだ。

皆を助けてくれるような奴だったから何か抱えていたなら話して欲しかったんだけどな・・・・・・

 言いながら彼は苦しそうな表情をし、車が過ぎて行く交差点を見つめた。

康博

もし彼奴(あいつ)に届くなら、さ・・・もっと俺等の事も頼れよ、馬鹿・・・ってそう言ってやりたい

 康博のその話に優咲は昨日会った彼の姿が重なると感じた。

優咲

あの人は私の為に一生懸命話を聞いてくれた・・・だけど自分の事はどこかぼかして話していた気がする

 考えに沈む優咲の意識を引き戻したのは康博の次の言葉だった。

康博

俺が一方的に話してただけだけど・・・こんな感じで良いかな?

優咲

あ、はい・・・ありがとうございました

 慌てて優咲はそう返す。
 彼の話で昨日の少年が近衛勇人だと前よりも一致した。それは大収穫だった。

優咲

・・・道崎さんの気持ちが凄く伝わってきました。

きっと近衛さんにも・・・届いていると思います

 続けた優咲に彼は少し笑った。

康博

はは・・・そうだと良いな。

それじゃあ俺はもう行くね。同窓会の幹事だから色々用意する必要があるんだ

優咲

はい、本当にありがとうございました

康博

勇人が助けた子が優しい子に育っていたようで・・・俺も嬉しかった。
話を聞いてくれてありがとう

優咲

はい

 頷きながら優咲は嬉しい気持ちになった。

優咲

話を聞いていただけだけど・・・私もちゃんと誰かの為になれたんだ

 思わず笑みが零れる。

康博

又何か話したい事があったら言ってくれ。
俺の連絡先教えとくよ

優咲

はい、ありがとうございます

 そうして連絡先を交換した後、康博は交差点の一部を見た。

康博

勇人、俺等ももう30歳になるんだぜ。
御前よりも10年生きて、何だかんだ楽しく生きてるんだ。

だから心配すんなよ!

 届くかどうかなんて事は彼自身にもわからない筈だ。
 だけど言わずにはいられなかった・・・そんな様子だった。

 そんな姿を見ると優咲の中で想いは強くなる。

優咲

近衛さんの事を今でもこうやって気にかけている人が居る・・・それだけ愛されるような人だったんだ。

・・・だから絶対に救わなきゃ!

康博

それじゃあまたね

優咲

はい、本当にありがとうございました

 そうして挨拶を交わせば康博は優咲に背を向け、手を振りながら歩いて行った。
 暫く経つとその後ろ姿は遠のき、ついに見えなくなる。

 周りに人が居なくなった・・・この状況で優咲のやる事は一つだ。

優咲

昨日話を訊いてくれた幽霊さん、居ますよね?

 普通ならわからないのかも知れない。
 だけど優咲には・・・何故か彼の気配が近くにあると感じ取れていた。

???

・・・良くわかったね。僕が居るって事・・・・・・

 小さく呟くような声と共に会いたかった彼が姿を現す。

???

・・・・・・・・・・

優咲

・・・・・・・・・・

 困ったように笑う彼を真っ直ぐ見据える。

 優咲にとっての本番は・・・これからだった。

to be continued

7 「もし彼奴に届くなら」

facebook twitter
pagetop