勇者と魔王の呪転生


第3話




   













 俺は全軍を率い、戦いの最前線である世界の境界へとやってきた。

 すぐ側には部下のレドナ。
 後ろにはインスたち幹部が控えている。


 境界の向こう側には、人間界の軍が陣を敷いていた。

 入口はここしかない。戦いは激しい消耗戦になる。
 それがわかっているから、お互いの軍はじっと睨み合っているのだ。



 だが、それも終わりにしよう。


 俺は配下の進軍を腕を広げて抑え、前に出る。


ジード様、危険です。せめて私も

俺一人でいい。下がっていろ

 
 動揺する魔界軍を他所に、俺は最前線に立つ。


人間よ! 俺は魔王ジード! 魔剣を継ぐ者だ。聖剣を持つ勇者がいるのなら、前に出よ!

 
 剣を抜き、人間界の軍に向ける。

 前線に立つ人間たちは畏れ、僅かに下がったように見えた。


 それもそのはず。

 聖剣が魔物を滅する剣だとしたら、魔剣は人間を屠る剣。
 自分たちでは魔剣を防ぐことはできないと、わかっているのだ。

待ってエリオ! 出て行っちゃだめ!

魔王が出てきちゃったんだ、もう作戦どころじゃないだろ

 
 陣の後方からそんな声が聞こえ、兵をかき分け一人の青年が前に出てくる。

 後ろには、仲間なのだろう、心配そうな顔の魔法使いや戦士たちがいた。

懐かしいな……。いや

 

 かつての仲間を思い出し、俺は首を振る。


お前が人間界の勇者か?

そうだ! 勇者エリオ。聖剣を携えし者だ!

勇者エリオ。魔剣を持つ者として、提案がある

なんだ?

 

ジード様……いったい、なにを?

ムッ! まさか……ジード様!

おいおい、ジード様はなにをするつもりなんだよ! ドラグのおっさん教えろよ!

ぼっちゃん? あんた……

 

 後ろから聞こえる幹部たちの声に、思わず振り返りたくなる。

 だが俺は勇者エリオに剣を向けた。

一騎打ちだ

な……なに?

人間を屠る魔剣と、魔物を滅する聖剣。双方が戦えば、両軍共に甚大な被害が出る。
ならば、一騎打ちにて勝負を決するべきだ

ジード様! いけません、そんなことをすれば……!

 
 レドナの声を、後ろに手を向けて遮る。

 視線はエリオに向けたまま、

どうだ? 勇者エリオ

……なるほどな。いいぜ、魔王と戦うのが勇者の役目だ。城まで攻める手間が省ける

ふっ……。では、軍を後方に下げよ!
巻き込まれたくなければな!

 

 最初は戸惑っていた人間界の軍だったが、勇者の仲間が指示をして兵を後ろに下げる。


 こちらの魔界軍も、なかなか下がろうとしなかったが――

頼む。レドナ

……かしこまりました。
全軍、後退!

……ジード様、ご武運を

 


 双方の軍が戦いに巻き込まれない範囲まで下がったところで、再度魔剣を勇者に向ける。

それでは、勝負といこうか。勇者エリオ

まさかこんな早く決戦になるとは思わなかったぜ、魔王ジード

 
 勇者も聖剣を構える。

 


 一瞬の静寂。


 しかし次の瞬間――


 

ガキィィィィ!!

 



 世界の境界で、魔剣と聖剣がぶつかり合った。



 







なっ、なんだよこれ!

どうした勇者! 怖じ気づいたか!?

 
 魔王ジードと勇者エリオ。
 二人の剣が重なり合ったのは、ちょうど世界の境界線上だった。

 
 人間を屠る魔剣の力と、魔物を滅する聖剣の力がぶつかり、周囲に衝撃波を撒き散らす。

 二人を中心に大地が抉られていく。

そんな場合かよ! このまま聖剣と魔剣がぶつかり続けたら……どうなるんだよ!

ハッ! 今頃そんな心配か! 相反する二つの力がぶつかり合えば、こうなることはわかっていたはずだ!

わかんねーよ! 俺はこないだ聖剣を手に入れたばっかりなんだぞ!

 
 そうだ。魔剣を引き継いでいた魔界と違い、人間界は聖剣を隠されていた。

 人間界は聖剣を失っていたのに、それでも父上、先代魔王は人間界に攻め込まなかった。


 いざ人間が攻めてきたら、魔剣を以て魔界を守ればよい。魔界に人間界を攻める理由は無い。


 父上のその言葉により、二つの世界は数百年平和が続いていた。


それなのに……何故、再び聖剣を手にした!

 
 魔物と争い、聖剣を手にし、何故魔界に攻め入ったのか。

 勇者リードの記憶がある俺には、その理由もわかっていた。

怖ろしいからだ。魔物という存在が。人間を屠るという魔剣の存在が

 
 そこに脅威があるからこそ。人間は戦わずにはいられなかった。

 力を得ずにはいられなかった。



おい! 魔王! なんなんだよ、これ! 地面だけじゃない、空間まで歪んでるぞ!

無知な人間め。ここは二つの世界を繋げる境界だ。魔剣と聖剣の力がぶつかり合い、暴走すれば……境界は崩れるだろう

……は? 待てよ、だったら俺たちはどうなるんだ?

わかりきったことを聞くな。戦いを終わらせるにはこうするしかない。付き合ってもらうぞ、勇者エリオ!

なっ……

 
 勇者エリオが驚愕する。


 そして次に浮かんだ表情は、とても勇者のものとは思えない顔だった。



や、やめろよ!
いーやーだ! 俺はこんなところで死にたくない!

 



……なんだと?

魔王を倒して褒美で人生楽しく過ごすんだ! こんなとこで魔王と心中したくねーよ!

ふざけるな! それが勇者か! お前に勇者の覚悟は無いのか! 誇りは無いのか!

うるせー!
俺は人生楽しむために勇者になったんだよ!

なっ……これが、この世界の勇者かっ……!

 
 こんな腑抜けに、世界を託したのか。人間界よ……。

 





くっそ、剣が離れねぇ! ああ、人間界がもう見えなくなってる! マジかよ!

観念しろ、勇者!

いやだー!
死にたくない!
誰か助けろー!

くっ……それ以上、勇者を汚すな!!

 






 一際強い力が溢れ出し、世界の境界が崩れ――。





 魔剣と聖剣。
 そして魔王と勇者の身体が、消滅した。




 
















おきなさい、もう朝ですよ

うっ……

 

 優しい声と共に身体を揺さ振られ、俺はゆっくりと覚醒していく。



 




ここは……俺は?

今日は旅立ちの日でしょう? ちゃんと起きなさい

…………!!

 

 飛び起きた。そうだ、今日は旅立ちの日。とても大事な日。


 昨夜は家族でパーティを開き、早めに床について、そして――



 魔王と、勇者と、戦った。



しっかりしなさい。あなたは今日から『勇者』なんですからね。ジーン

母さん……

 

 フィーナ母さんが部屋から出て行くのを待ってから、俺は呟いた。

そうか、これが……これこそが

 


 勇者リードとして魔王と戦い。
 魔王ジードとして勇者と戦い。


 そしてまた勇者に転生し、魔王と戦う運命。



なるほど、これは確かに、魂の呪いだ

 


 俺はいったい、
 何度この転生を繰り返すのだろうか――?


   










続く

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