2月16日、水曜日。

もう他の住人にバレたからと、清少納言は夜になると白井の部屋を追い出されていた。

千冬

それで? 清納ちゃんは何を知りたいの?

清少納言

空が、何故あんなにも本を嫌いになってしまったか。その理由が知りたいのだ

清少納言だと呼びにくいから縮めて清納(せいな)。これが、このアパートで暮らし始めた清少納言の呼び名だった。

アパートにしては珍しい、和室の部屋。実家とは違った日本本来の味を感じたいという、力技で用意した久美の部屋だ。

久美

久美たちが勝手に話してもいいのでしょうか

千冬

良いも悪いも、あの意気地なしが吹抜けてるんだから、私が何したって文句なんか言わせない。だから、話しましょう

はるか

あれ以来、空様はお部屋にあった書物も全て捨ててしまわれましたからね

久美

あの日から、お兄ちゃんが本を読んでる姿を、一回も見てない

清少納言

やはり、以前は本を好いていたのですね

千冬

ええ。たくさんの本を読んでいたし、何よりあいつ自身、物語を作っていた

清少納言

まさか!? 空も、私と同じ物語を書く立場にいたと?

千冬

ええ。そうよ。元々あいつは本を読むのが好きでね。いつも物語の感想を聞かされていたわ。だから、私、言ったのよ。『そんなに好きなら空も書いてみれば』ってね

久美

そしてその話しを聞いた久美が、ストリエっていう小説投稿サイトを教えたのです

清少納言

ストリエ? ・・・サイト?

はるか

サイト、とは、分かりやすく言えば誰でも簡単に使えるもの。つまり、ストリエは誰でも簡単に、小説を作ってみんなに見てもらえる場所です。そしてストリエは、漫画でもない、小説でもない、全く新しい読み物というコンセプトを掲げていました

清少納言

今はそのようなものがあるのか。私が物語を書いていた頃は、一冊をかき上げてもせいぜい十人程度の身近なものにしか読まれなかったからな。ましてや、日記などは誰にも見せなかった

千冬

でも今は違う。そのストリエで、あいつはすぐに小説を作り上げた。そして、ある日言ってきたのよ。『お気に入りが付いた。感想を貰えた。こんなに嬉しいことはない!』って

はるか

あの時の空様は、本当に楽しそうでした

久美

だけど、あるコンテストに応募してお兄ちゃんは変わってしまったのです

清少納言

コンテストとは?

千冬

あいつがストリエを始めたのは7月の中旬だった。その頃、コンテストっていう、いわゆるどの小説が一番優れているかの勝負が行われていたの

久美

お兄ちゃんは、8月は自分もコンテストに参加するんだって、凄くやる気を持っていて、7月から一生懸命に準備をしていました

はるか

たくさんの小説を読み。またたくさんの小説を書き、自分の作文能力を上げるのだと。そう言っておられました

千冬

そしてあいつは、8月1日になって、新たに始まったコンテストに参加した。それも、狼テーマで

清少納言

何だその狼テーマというのは

はるか

コンテストはその月の1日にお題が発表されます。「恋愛」とか、「ホラー」などです。そして、狼テーマと言うのは、コンテストの為に作られた完全オリジナルの新作でしか応募できない、それも月末までに完結する必要があるという条件付きの高難易度コンテストです

久美

そしてお兄ちゃんは8月の狼テーマ、『天才』のコンテストに応募しました

清少納言

天才? それは一体、どういう物語を書けと言っているのだ?

はるか

それが、かなりの難題だったらしく、ストリエに投稿者からの質問が殺到したそうです。それでも、空様は初日のうちに一話目を書き上げ、連載を始めました

久美

始めた頃は、お兄ちゃんもわくわく気分で、一話ずつ毎日話しを更新していました

千冬

けれど半月ほどたったある日、あいつは食事中に、ぽつりと呟いたわ。『お気に入りが全然増えない。コメントも一つもない』、そんな言葉を、悲しそうにね

久美

でもそれから少しして、お兄ちゃんは喜んでいました。お気に入りは一個だけど、その人がコメントをたくさんくれて楽しいって。大賞じゃなくて、自分はこうやって読者と楽しみたい、読者賞が欲しいって

はるか

しかし、8月も残り5日を切った頃。空様は気付いてしまわれたのです

清少納言

気付いたというのは、何に?

千冬

それは、

清少納言の言葉に、千冬は一拍間を置いて、それから静かに答えた。

千冬

そのコメントを書いていたのが、あいつを可哀想に思った私だったってこと

その時の白井の哀し気な顔を、今でも彼女は忘れられない。

〔四〕思はむ彼を思ひこそ

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