光が毎日書き溜めていた立体地図を印刷してきて、それぞれに手渡す。最初は広くて迷うから、と作り始めたはずのものが、閉じ込められた空間では逃げ道を探すためのものになり、今は敵を追い詰めるためにものになっている。

大翔

ここがグラウンドで、昨日逃げた体育倉庫がここ

乃愛

ここが私が最初にいた場所。ここがこやつとの合流地点だ

僕はここからで、ここが橋下との合流点だね

 立体地図と平面地図を見比べながら、それぞれの行動を順番に追体験してみる。地図上で見る学校の内部は本当に狭く、よく逃げ切れたものだと感心してしまう。

尊臣

しかしおかしな形をしとるな。今さらじゃが

この地図はあくまで僕らの記憶を頼りに作っているからね。多少の違いはあるだろうけど、それにしてもね

 立体地図と平面地図の両方が必要になるのには理由がある。大翔が夢の中で何度も曲がっては走りぬけた廊下はらせん状に連なって構成されていたと光は考えている。二階の廊下からグラウンドに出るのに階段を一度も使わなかったのはこのせいだ。

 円ではなく正方形の形が何層にも連なった歪な学校を指で辿るには各階層の平面図が必要不可欠だ。

大翔

そしてここの通路は消えていた

尊臣

とすると、ワシらは全部の場所回ったっちゅうことになるな

 全員がグラウンドにそろい、走っていった体育倉庫までを指でなぞると確かに誰も見たことのない場所はないように思える。

大翔

開けてない教室はあったはずだけど

 たった一枚の扉の向こうにその場の長がいることなどあるだろうか。わざわざ姿を見せないのだから、もっと奥まった場所に、強固な守りを敷いて隠れているのが当然のはずなのに。

何か忘れているような気がするんだけどね

尊臣

思い出せ、千源寺

無茶を言わないでくれよ。毎晩死なないだけで精いっぱいだよ。君のような体力バカじゃあるまいし

 誰がバカじゃ、と睨んだ尊臣から光が瞬時に視線を逸らす。学ばないというよりは光なりの尊臣に対する仕返しなのかもしれない。部室を取られ、チームに強引に入れられて、迷惑ではないが思うところはあるのだろう。

 尊臣も深く追及することなく、光の答えが出るのを無言で待っていた。

あ、そうだ。あの時だ

 しばらくして、ようやく記憶のサルベージが終わった光が一人合点がいったと机を軽く叩いた。

神代、一昨日奴らに襲われた場所は覚えているかい?

大翔

え、最初の教室を出た辺りですか?

 夢の中の学校が自分の中学だと思った大翔がグラウンドの見える教室に向かい、そこから出たところでカベサーダに襲われた。

 そこで大翔は押し倒された光を助けるために机を振るったのだ。バリケードの中からあぶれていた机を掴んで。

大翔

あ、階段のバリケード

どうやら僕の記憶は間違ってなさそうだね

大翔

あのバリケード、一階に行けないようになってましたね

 大翔たちの行く手を阻んだバリケード。それは確かに一階に続く階段を塞いでいるものだった。ホテルでも通路が塞がれていたので、その時はなんとも思わずただ追い込まれたという事実だけが頭を占めていたが、今なら違う考えが浮かぶ。

 ホテルやモールにはバリケードを作られないようにものがなくなっていたと考えるならば、階段にバリケードが作られたとすれば、翌日、つまり昨夜の夢には机が世界の中から消えているはずだ。それが残っているということはつまり、あれを作ったのは夢の世界の人間である可能性が高い。

大翔

あの先に指導者がいる?

可能性は高いだろうね

 光は一昨日見たバリケードがあった位置を指で示した。この先は地図上は行き止まりになっているが、確かに下り階段が存在した。

尊臣

それじゃ、本物の自分の中学じゃとして、何があるんじゃ

大翔

えっと、一階だから職員室、保健室、校長室辺りかな

 大翔がまだ古くない記憶を辿りながら置かれていた部屋を一つひとつ挙げていく。

尊臣

ほう、校長室

 その内のひとつに尊臣が反応した。

大翔

なんだよ。普通に学校ならあるだろ、校長室

尊臣

偉そうな奴ならそこにおるかと思うてな

大翔

さすがに安直過ぎるだろ

 そんなに簡単なところにいてくれるなら探す手間が省けていいのだが。実際のところはそこにいるかどうかも、そもそも現実と同じように一階の部屋がそこにあるという確証すらない。

乃愛

一応配置を書いてみろ

大翔

あ、はい

 乃愛に促されるままにシャープペンをとり、手元の地図に一階の部屋を書き込んでいく。

 学校の一階というのは外部の関係者や来賓の相手をする職員室や校長室、応接室。それからグラウンドでのケガにも対応しやすいように保健室。搬入物の多い図書室などがおかれることが多い。大翔の学校もその例に漏れず、どこにでもある普通の配置がなされていた。

大翔

こんな感じ、ですかね

 とりわけ気になる点もない。少なくとも大翔にはそう見えた。平面図とある程度大きさを合わせて書いた廊下と部屋割りの簡易な地図は日本中を探せばまったく同じものがあっても驚きはしないほどに平凡だ。

 それなのに、光と乃愛は興味深そうに大翔が書いた地図を眺めて、ふむ、と納得したような声を出した。

乃愛

意外とその考え、当たっているかもしれんな

大翔

どういうことですか?

乃愛

まぁ、これを見ろ

 乃愛が自分の手元にあった地図に大翔と同じように一階を書き込む。その場所は正方形になった廊下の中心。空間が歪んでいなければ一階の部屋があるのを上から見たところ。

乃愛

ここが、校長室。そしてその上に廊下が繋がっていて、ここがグラウンドだ

大翔

そうですね

 そんなことはさっき確認したばかりだ。いくら大翔でも地図くらいは読める。

乃愛

そして昨日見た蜃気楼、あの夢の終わりがグラウンドにこう発生していた

 きょとんとして理解していない大翔に気付いたのか、乃愛の説明に光補足を入れながら、グラウンドの端に弧を描くように線を入れる。その線は大翔も見た蜃気楼の出ていた場所だ。学校を囲むフェンスの付近にできた夢の終わりを示す蜃気楼。飛び出そうとしても足元に抵抗がなく立つことができない夢の世界の終末地点。

第四夜:一夜限りの英雄Ⅵ

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