で、わかったかい?

大翔

いえ、全然です

 大翔の答えに今度は尊臣が溜息をついた。もしかしてこの場にいる中でカベサーダの指導者と思われるものの居場所がわかっていないのは自分だけなのかと頭を抱えたくなる。

尊臣

自分、弧から円の中心を求める方法はわかるんか?

大翔

さすがに中学の簡単な数学くらいできるっての

 あまり数学は得意ではないとはいえ、大翔だって中一の問題くらいはできる。

大翔

えっと、確か適当に弧の上に三点をとって

 それぞれの二等分線が交わる点がその弧を持つ円の中心点。コンパスなんてものは高校に入ってからは学習机の引き出しの奥で深い眠りについてしまっているのでフリーハンドの適当な作図ではあるが、大翔としてはなかなかきれいな図形になった。

 その中心点の場所は。

大翔

あ、ここって校長室

尊臣

やっと気付いたんか

 尊臣がわざとらしく頭を抱えた。バカで悪かったな、と心の中で悪態をつき、大翔はもう一度、地図の上に自分で書いた中心点を見た。雑な手書きとはいえ大き崩れているということはない。その近くには大翔自身が書いた校長室という文字がやはり雑な字で書かれていた。

あの夢の学校の中心は高さこそ違えど校長室である可能性が高いと言えるね

乃愛

中心だからそこにいるのか、逆に指導者がいるから世界の範囲が決まっているのかはわからんがな。無策よりは十分な理由だろう

 中心点が黒丸で描かれた地図をもう一度じっくりと見て、大翔は防衛本能が口に溜めた唾液を飲み下した。

尊臣

そんならそのバリケードとやらを壊して、校長室に攻め込んで、親玉ぶっ飛ばして終わりじゃな

乃愛

簡単そうに言うが、こちらは四人だぞ。向こうの数もわかったものではない

大翔

固まっていれば背後から襲われることはないだろうけど、危険だな

 攻め込むにはあまりにもこちらは戦力が少なすぎる。少なくとも相手は怪物が二十余り。指導者だって戦えないとは限らない。

一応聞いておくけど、四人っていうののあと一人は誰だい?

大翔

あ、光さんは行かないんですか?

尊臣

まぁ、無理強いはできんのう

乃愛

適当なところに隠れていろ。後は貴様の運次第だ

 戦力が一人減ったとなると、また戦況が厳しくなる。

あ、えっと、誰も止めてくれないのか?

尊臣

分が悪いのは承知じゃけぇの。好きにせぇや

 大翔も生きて帰られる保障はない。それにこの作戦の半分以上は大翔のわがままで構成されているのだ。誰かを無理やり連れて行けるほど甘い話ではないのだ。

 一人人数が変わったとはいえ、元から戦力差は圧倒的だ。頭を抱える状況は変わっていない。大翔は尊臣と乃愛と顔を突きあわせながら、どうやってカベサーダの猛攻を振り切るかと頭を捻った。

何かトラップでもしかけたらどうだい?

 その鼎談の上から光の提案が降ってくる。

奴らは大きな音を立てれば集団を乱して襲ってくる。昨日のグラウンドの一件がそうだ。どこかに時間差で大きな音が鳴るような細工をして、そこに奴らをおびき出そう。その間にバリケードを破って侵入する

乃愛

ほう、やるじゃないか

 行き詰っていた乃愛が光を見上げて、にやりと笑った。悪の総帥のような笑い方が少しばかり恐ろしい。

乗りかかった船だ。僕も行くよ

 光はこめかみを掻いてパソコンに向かうと、なにやら計算式を並べて即席トラップの設計を始めた。

尊臣

おっしゃ、今日で全部終わらせたるぞ

大翔

あぁ

 三人が拳を突き上げたのを見て、光も小さくそれに同調した。

 これほどまでに気合を入れて眠りにつくことなど、一生でもう二度とないかもしれない。試合の前だって寝る時くらいは気持ちを落ち着けて体を休めるようにする。だが、今夜はその就寝がそのまま作戦の実行になる。スタートラインに立つのと同じことなのだ。

 大翔は逸る気持ちをなんとか落ち着けようとしながらベッドに入って、もう三十分は経っただろうか。眠らなくてはと考えれば考えるほど、放課後話し合った今夜の作戦が思い返されて頭が冴えてくる。

大翔

こりゃ遅刻だな

 これでも学校に遅刻したことはないのだが、初の遅刻が死と隣り合わせの夢の中となれば少しくらいは許してもらいたいものだ。

 今夜で全部を終わらせることができるだろうか。できることなら全員無事で、それから千早には知られることなく。

 ようやく眠気が大翔の周囲を包み始める。

大翔

それじゃ、行くか

 眠るという行為がもはや休息ではなくなっているが、大翔にあるのは決意だけだった。

 土の匂いがする。石灰の粉が鼻に飛んできたのを大翔は右手で払った。

尊臣

お目覚めか。夢の中で寝るやこ器用なことしよるな

大翔

やっぱり俺が最後か

 グラウンドで大の字になっていた大翔を三人が見下ろしている。この体は今大翔が目覚める前からここにあったらしい。三人は叩いても揺らしても目覚めない大翔が起きるまで数分待っていたと口々に話した。

 起こした体を反らし、軽く跳ねて体を弛緩する。問題ない。きちんと動く。

大翔

よし、じゃあ行こうか

乃愛

楽しい祭りになるといいが

尊臣

結果が良けりゃ、楽しいじゃろうな

もう少し危機感を持ってくれよ

 それぞれに好き放題を言って、四人は校舎に向かって歩き出した。

第四夜:一夜限りの英雄Ⅶ

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