起き上がるコトも、トイレに行くコトも、風呂に入るコトも伴侶の手が必要でした。
言葉数も極度に少なく、生きているのも面倒でしたが、死ぬコトも面倒でした。
最初の1年は、殆ど寝たきりで暮らしました。
起き上がるコトも、トイレに行くコトも、風呂に入るコトも伴侶の手が必要でした。
言葉数も極度に少なく、生きているのも面倒でしたが、死ぬコトも面倒でした。
よく、鬱病は治りかけに自殺することが多いと言われていたりしますが、生きる意欲が少し湧いてくると同時に死ぬ元気も出てくるのです。
社会復帰できるようになるところまで回復すると、一見、治ったように見えます。 けれど、然程安定していない場合が多いと思います。 そんな不安定な時にひとりで外出できるようになると、突発的に何かの切っ掛けで様々な出来事がフラッシュバックするんじゃないかと思います。 その過去の出来事に“耐えられない”と思った瞬間に死への行動を起こしてしまうのではないかと思っています。(あくまで個人的意見です)
パニック障害も治まり、自分では安定してきたんじゃないかと思った頃、アルバイトしてもいいかどうかH先生に相談しました。
先生。 そろそろ5時間くらいのバイトをしてみたいのですが……。
ダメです! 確かに以前に比べて調子は良くなってきていると思います。 けれど、まだアルバイトするには早いですよ。 もう少し、ゆっくり治すコトだけを考えましょう。
……。 はい、分かりました。 ……。
この時、わたしは自分の状態を過信し先生の言うコトを聞かずに働くコトにしました。
結果は案の定、すぐに行けなくなりバイト先に迷惑をかけるだけとなりました。 当たり前ですが、化学薬品だけに頼らない精神科医の先生の言うコトはちゃんと受け止めるべきですね。
そうして2年目になり持ち家を売って、そのお金を元手に引っ越すコトにしました。
いろんな思惑がありましたが、やはり、絵を描く環境を少しでも充実させ、整えたいという気持ちと、単純にその時の状況を変えたいという想いがあったと思います。
引っ越し先は、日当たりもそこそこ、風通しは抜群。 築不詳の町家で、ふたりで暮らすには広かったので、大家さんと相談し、一階の一部分を改装して店舗付き住宅にするコトにしました。
こうして、四苦八苦しつつギャラリースペースを確保したお店を作りまして、少しずつ、少しずつ自分なりに前進してゆきました。