夜暮

……これが、墨野のメッセージ

夜暮や五日町がここに出向くことになったのは、墨野のお悔やみを言うためだけではない。

彼の持っている数々の情報を回収するためだった。

墨野の手がけた仕事は多く、まだその調査結果が報告されていないものも多い。


墨野が以前の方針を変えていなければ、彼の部屋にあるキーボード入力式の金庫の中にそれが入っているのだ。

そしておそらく、金庫を開くパスワードはこの手紙の中に隠されている。

……ちなみに、長いこと墨野の相棒を務めた夜暮の経験からすると、こじ開けようとすれば中の書類を硫酸か何かに溶かしてしまう仕掛けが施されている可能性があった。

ここでしたか

それまで気配を感じなかった背後から聞こえたのに、とても静かで、驚きはしない声だった。


振り返る間もなく、細い指が夜暮の脇から手紙を拾い上げた。


この手紙、良い香りがしますね

夜暮

ついこないだ喫茶店で会った奴!

喪服なのだろう、黒い正装だった。喪服の黒は普通のスーツより濃いのだ。

花の香り……遠区さん、この香りに覚えはありますか?

遠区 霞

……こちらの方は?

五日町

申し遅れました。彼は数奇 透(とおる)、暗号解読班のようなものです。
少し立ち入った質問をするかもしれませんがどうかご容赦ください


答えたのは青年ではなく五日町だった。

遠区 霞

そうですか……これはおそらく、アオイ科の花……だと、思いますけども

夜暮

分かるものなんですね


遠区の返答に感心したように言うと、彼女は夜暮に向かってはにかんだ。

遠区 霞

一応、香水や香りの成分も扱ってますから……

  どくり。

思わぬ音がして、夜暮は慌てて遠区から目を逸らした。

夜暮

墨野、お前はこんな可愛い人と暮らしてて何も無かったのかよ?!

嘘だろ!!

遠区 霞

夜暮

いや、なんでも……

‡2 ハッピーエンドは望めないーⅲ

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