数奇、という例の青年が淡々とする質問に、ほとんど戸惑うことなく遠区も答えていく。お互いの有能さを感じさせるようで、夜暮は珍しいものを見るような目でそれを見ていた。
青年は時おり眉をひそめていたが、それほど具合は悪くなさそうだった。
墨野さんは最近、週にどの程度帰宅を?
一回あるかどうかでした。二週間に一回ということも。多いときは毎日なのですが、仕事の時はいつもそうです
普段はこういう体裁の手紙を書かれるのですか?
いつもと比べ、挨拶や丁寧な表現がやや多いくらいです。文学的な表現も、たまに使うことがありました。
私が詳しくないものであまりわからないのですが
彼の暗号文を見たのは初めてですか?
はい、今まではたまたま見ることさえもありませんでした
今まで活字だったのにはどういう理由が?
手違いがあったとき区別するためだと聞いていました。暗号と私への手紙を間違えたことは一度もありませんでしたが
数奇、という例の青年が淡々とする質問に、ほとんど戸惑うことなく遠区も答えていく。お互いの有能さを感じさせるようで、夜暮は珍しいものを見るような目でそれを見ていた。
青年は時おり眉をひそめていたが、それほど具合は悪くなさそうだった。
彼から変わった土産物を受け取ることは?
ごくまれに。何かトラブルが生じた際の埋め合わせのことが多かったように思います。
……そういえば、床の傷の件については、もう和解したものだと思っていました。先日、別のもので埋め合わせはしていただいていたので
その件以降に仲違いなさったことはありましたか?
いいえ。関係が悪化することは稀なんです
そうですか。ところで、墨野さんの好きな花をご存知ですか?
聞いたことはありませんが、手紙にもあったように、部屋に飾っていたようですから蘭や水草だと思います。
狸藻というのはあまり聞きませんが、趣味は人それぞれですから
最近なにか気になることは?
皇帝ダリアが先日、差出人不明で届きました。
おそらく彼からです。
ただ、商品名がなぜか『Y』と書き換えられていました。
……あ、皇帝ダリア、というのは、帝王ダリアの別名です。『皇帝』の方が一般的ですよね
最後に、この手紙にある百科事典を見たいのですが
墨野さんの部屋にそのまま置いてあります
拝見します
数奇が立ち上がると、つられて全員が彼の部屋に向かう。
けっこう物が多い部屋で、机の上には大きな蘭が花瓶に差さっていた。
横には大きな本棚が一つだけあり、本がぎっしり詰まっている。
本棚の本からはどれも栞紐が背表紙にかかるように几帳面に引き出されていた。
サッと見渡した時、数奇が一瞬眉をひそめたように見えたのは気のせいだっただろうか。
まもなく、一冊の分厚い本を引き抜いた。
……墨野さんは栞紐を使わない方なのですか?
ええ、どのページを見たか分かるようになっているのが嫌だとか……あら
遠区は数奇の手元に目を落とした。
数奇はページをめくる。マーレイン、芹、そして索引の項。どれも栞紐が挟まれている。
この栞紐は遠区さんが?
……いえ、貸すときにたしかに外したのですが……
三本も栞がついているなんて、ぜいたくな本だ……?
あれ、最後の一本は本付属のじゃないんですね
見ると、栞紐にそっくりの紐の片方の端に紙を挟むクリップのついた、独立した栞だった。
残念なことにクリップ部が下になるように本に挟まれている。
これでは上に栞を出すことができない。
そもそも本から栞部分が一切出ていない。完全に本の中に収まっていた。栞を抜き忘れたかのだろうか。
厚みがあってちょっと開きやすくなっていたから、たまたま開いたのだろう。
逆に挟むなんてあいつ、珍しくそそっかしいな。忘れ物か?
……これ
数奇が指を滑らせる。
「マーレイン」の文字に、小さく付箋が貼られていた。
?
……分かりました、結構です
本が閉じられる。
ふう、と数奇は目を閉じて息をついた。
とたんに、がくりと本棚に倒れかかる。
顔が青い。
夜暮は、彼の左目の近くに二連の泣きぼくろがあるのにそのとき初めて気がついた。
数奇さん?!
夜暮が声をかけると、数奇は手を小さく振って身を起こした。どういうつもりのジェスチャーなのか分からない。
ちょっと時間をください。
考えたいことがあります
そして、ふらりと立ち上がった。
五日町さん
分かった。先に冷房入れてくるから待ってろ
五日町は車のキーを持って立ち上がった。