その後は食事を摂っていても風呂に入っていても事件の事が気になって仕方が無かった。
 それはベッドに横になってからも同じで丸で寝付けない。

 結局優咲は一度入った布団から出ていざという時の為にと母が持たせてくれた携帯をインターネットに繋げ、事件の事について調べ始める。
 幸い明日は土曜日で休みだ。夜更かしをした所で大きな問題は無い。

 しかしどんなに調べても出て来る内容はテレビで言っていた事と大差無く、詳しく知る事は出来なかった。
 結局確信が持てないまま時間だけが過ぎて行く。

 気付けばもう携帯の時計は3時を示していた。
 そんな時だった。鍵の開く音がしたのは。

優咲

もしかして・・・お母さん!?

 思わず玄関先へと向かえば予想していた通り母親が帰宅した所だった。

優咲

お母さん、お帰りなさい

優咲!?貴女こんな時間まで起きてたの?

 驚いた様子の母に詰め寄る。

優咲

訊きたい事があるの!

 母親であれば優咲が事故に遭った当時の話は良く覚えている筈だ。
 そんな考えが優咲を動かした。

・・・良くわからないけれど、優咲にとっては重要な話なのね?

優咲

うん

 尋ねて来る母に頷く。

わかったわ。でも着替えだけは先に済ませて来ても良いかしら?
それからしっかりと座ってお話ししましょう。大事な話なら尚更よ

優咲

うん、わかった・・・待ってる

 母の言葉に冷静さを取り戻した優咲はそう返し、一端送り出した。

 数分後着替えを済ませた母と優咲は食卓で向かい合って座っていた。

時間も遅いから・・・早速優咲の訊きたい事を話してくれる?

 そう言う母親に頷いてから優咲は切り出す事にする。

優咲

前少しだけ訊いたけど、私が事故に遭った時の話を訊きたい。詳しい事を知りたいの

それはどうして?

 穏やかに尋ねる母に今日のニュースで取り上げられていた事故の話をする。

優咲

4歳の女の子は顔に軽傷を負ったって・・・そう聞いたら私の事のような気がして

・・・それだけ?

 話した優咲に母はそんな風に言ってくる。

もっと他に・・・話していない事は無い?

 尋ねるような言葉だが、確信を持って訊いて来ているという感じがした。

優咲

お母さんにはお見通しなんだ・・・・・・

 優咲はそう思い、少し沈黙してから静かに口を開く。

優咲

今日ね・・・学校の帰りに不思議な出会いをしたの

 そうして優咲は幽霊少年と出会った話をした。
 母が口を挟む事は無く、黙って聞いてくれていた。

そう、そんな事がね・・・・・・

 話し終えた優咲に母は静かにそう返す。

優咲

信じられないと思うけど・・・本当の話なの

 そう言うが、語尾は小さくなってしまう。
 馬鹿にされないか、変に思われないか・・・そんな心配がどうしても拭えてなかったからだ。

 そんな優咲に母は微笑んだ。

優咲がそう言うならきっと本当なんでしょう。大丈夫、お母さんは信じるわ

優咲

 驚いて見上げる優咲に母は笑みを深くする。

だって優咲は大事な家族よ。信じない訳が無いじゃない

 言いながら伸ばされた手が優咲を優しく撫でた。

優咲

ありがとう、お母さん・・・・・・

 涙が出そうになる優咲をあやすように母は撫でる。

 その手付きは何だかあの少年を思い出させた。

 暫くそうしていた母だったが、やがて静かに呟いた。

そうね、優咲ももうすぐ15歳になるんだもの・・・そろそろ話しても良いわよね

 優咲が俯き掛けていた顔を上げれば静かに話し始める。

そう10年前の明日、18日が・・・優咲が事故に遭った日よ。あの日の衝撃は今でも覚えているし・・・忘れる事なんて出来ない。

仕事中に幼稚園の先生から泣きながらの電話が来て・・・本当に驚いた。
急いで病院に駆け付ければ小さい貴女が左目に処置を施された状態で横になっている・・・唯一無二の大事な家族をこのまま失うんじゃないかって凄く焦った

優咲

・・・・・・・・・・

 言いながら苦しそうに話す母に思わず手を伸ばす。

 震えている手を強く握った。

 そんな優咲に一瞬母は微笑み、続きを話し始めた。

だけど担当のお医者さんは優咲の命に別状は無いし大丈夫だって話された。
それよりも危険なのは優咲を庇った大学二年生の男の子の方だって・・・そう・・・話された・・・・・・

 話す母の瞳から一筋の涙が零れる。

 母はそのまま肩を震わせ、泣きながら震える声で話を続けた。

凄く優しい良い子だったの。
私が駆け付けた時は未だ意識があって・・・優咲の事をずっと心配してた。あの子は大丈夫なのかって・・・・・・。
自分の方が痛かったに決まっているのに、全然そんな素振りは見せずに貴女の事ばっかり心配してたわ・・・夜に容体が急変して亡くなるその直前までずっと・・・・・・

優咲

・・・私が出会った彼はじゃあ・・・・・・

ええ、恐らくあの子だと思う・・・本当に本当に優しい子だったから・・・きっと貴女を心配してるんだと、思う・・・だから今もこの地に留まっているのよ・・・・・・

 言いながら泣き崩れる母を優咲は抱き締めた。

優咲

お母さん私・・・彼を助ける。彼が安心して転生出来るように、出来る限りの事をする・・・それがきっと今私が出来る恩返しだと思うから・・・・・・!

優咲・・・・・・

優咲

だから・・・彼の事は大丈夫だから・・・・・・!

 そう言う優咲に母は泣き笑いのような表情を浮かべた。

・・・ありがとう、優咲。彼の事、宜しくね。
きっと貴女じゃないと出来ない事だと思うから・・・・・・

 優咲はそれに小さく頷き、それから尋ねる。

優咲

うん・・・彼の名前を聞いても良い?
ちゃんと聞いて、間違えないで呼びたいの。

呼ばれなくて忘れちゃったって・・・そう話してたから

近衛勇人君・・・それが彼の名前よ。優咲の・・・命の恩人

優咲

・・・わかった、近衛勇人さん・・・だね

 呟いた優咲に母は頷いた。
 そんな母に優咲は微笑を返す。

優咲

ありがとうお母さん・・・ちゃんと話してくれて嬉しかった

 その言葉に母は一瞬驚いた表情を見せ、それから同じように微笑んだ。

私もちゃんと話せてホッとした、だから優咲もありがとうね

 その言葉に優咲は頷き、それから静かに立ち上がる

優咲

うん・・・私、もう寝るね。
明日又・・・彼の所に行くから

ええ、おやすみなさい、優咲

優咲

おやすみなさい。
・・・お母さんは明日も早くから仕事だよね・・・気を付けてね

ええ、ありがとう

 母がそう言ったのを聞いてから優咲は部屋に向かう。
 そんな場合では無いとは思うのに・・・彼にもう一度会える事が楽しみでもあった。

to be continued

5 「・・・それが彼の名前」

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