帰宅した優咲は母親の用意してくれた夕飯を電子レンジにかけながらテレビの電源を入れた。
 とはいえ見たい番組があるという事では無い。一人の寂しい食卓に音が欲しかった、それだけだ。

 時刻は18時頃。夕方のニュース番組をやっていた。
 しかし画面を見ながらも内容は入って来ない。優咲の頭の中はつい先程出会った少年の事で一杯だったからだ。

優咲

・・・凄く優しい人だったな

 思い出すのは彼の掛けてくれた優しい言葉、そして笑顔。
 それから『理を曲げている』という重たい言葉・・・・・・。

優咲

彼みたいな優しい人が理を曲げてまで留まる意味って何だろう・・・結局訊けなかった・・・・・・

 優咲には関係の無い事だ。それで良いのかも知れない。
 だけどどうしても彼の事が頭を離れなかった。

優咲

優しくしてくれて嬉しかった。

だから出来るなら彼の・・・力になりたい

 そんな想いが湧き上がっていたからかも知れない。

 そんな事を考えていた時だ。番組に彼と出会ったあの交差点が映ったのは。

優咲

え・・・何で・・・・・・?

 驚いて思わず声を上げる。
 それは番組コーナーの一つ、過去の事件を振り返るというものだった。



 中継のアナウンサーがはっきりとした声で言う。

アナウンサー

本日振り返る事件は10年前・・・この交差点で起きた事故の話です

優咲

・・・10年前!?

 唐突に思い出したのは少年の言葉。
 彼は『10年前にこの場所で死んだ』と確かにそう話していた。

 画面に釘付けになれば10年前の報道当時の画面に切り替わる。
 続いて先程のアナウンサーの声が響いた。

アナウンサー

10年前の明日、10月18日にその事件は起きました。
当時19歳の大学2年生だった少年がこの場所で幼稚園の下校途中だった女の子を事故から庇い、亡くなりました。

加害者の男は事故当時飲酒をしており、判断力が低下している中で軽自動車を運転していました。その結果信号を無視し、横断歩道を渡ろうとしていた女の子を巻き込んで電柱に突っ込む所でした

優咲

きっと・・・彼だ!

 報道を聞くとそんな確信が生まれた。

アナウンサー

少年、近衛勇人(このえゆうと)さんは当時大学から一人で帰宅していたようです。
この交差点の手前に来た時に信号を無視した車と女の子に気付き、咄嗟に女の子を突き飛ばしました。
しかし自分が跳ねられ全身を強く打って、搬送先の病院で死亡しました

優咲

近衛勇人・・・それがあの人の名前なのかな・・・勇気ある人、か・・・凄く似合ってる

 思わずそう考え、不謹慎な気もしたが微かに笑みがこぼれた。
 しかし続く報道に驚く。

アナウンサー

奇しくもこの日は近衛さんが20歳の誕生日を迎える3日前だったと言います

優咲

誕生日の3日前!?・・・って事は・・・私と同じ誕生日・・・・・・

 10月21日。それが優咲の誕生日。
 18日が3日前なら彼も一緒だったのだ。

 更なる報道が優咲を驚かせる。

アナウンサー

近衛さんが庇った事故当時4歳だった女の子は近衛さんを引いた後電柱に正面から突っ込んだ車から飛び散った破片により顔に軽傷を負いましたが、命に別状はありませんでした。

女の子の引率だった幼稚園教諭は一緒に下校していた他の生徒の引き渡しの為に少し離れた場所におり、間に合わなかったと言います

優咲

顔に軽傷・・・まさか・・・・・・!

 思わず近くの鏡に自分の顔を映す。
 そうして長い前髪を避ければ複数の傷跡が映った。

優咲

お母さんが言ってた・・・これは幼い頃の事故で負った傷跡なんだって

 10年前の10月18日であれば優咲は4歳。ニュースの子供が優咲でも可笑しくはないだろう。
 偶然かも知れない。だけどそう思えなかった。

to be continued

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