涙が止まった頃にはもう夜になろうとしていた。
涙が止まった頃にはもう夜になろうとしていた。
・・・落ち着いた?
優しく尋ねてくれる彼に小さく頷けば抱き締めていたその腕が離れる。
それが何だか寂しくて・・・少しだけ戸惑った。
今までこうやって誰かに抱き締められた事なんて無かったから・・・そのせいだよね
そんな事を思い、それ程までに他人の温もりを渇望していたと思えば恥ずかしくなった。
急に取り乱して泣いたりして・・・すみませんでした
恥ずかしい気持ちが謝罪の言葉に代わる。
そんな優咲に彼は首を振った。
ううん、君の役に立てたみたいだから・・・嬉しいよ
そう言って微笑する彼が眩しく思える。
それと同時に気になった事があった。
あの・・・どうしてここまでして下さるんですか?
私が理を曲げると困ると思うから・・・それだけですか?
・・・・・・・・・・
思ったまま尋ねれば彼は沈黙する。何と答えようか考えを巡らせているように思えた。
数秒そうしていた彼だったが、優咲が静かに待っていると漸く答えてくれた。
僕は幸せそうな人を見るのが好きなんだ・・・だから君にも幸せになって笑って欲しい。
その為なら何だってするつもりだよ
・・・貴方はお人好しですね。
他人の為にそこまで考えるなんて
優咲の言葉に彼は少し笑う。
ふふっ・・・そう言われるの懐かしいな。
生きてる時も良く言われたんだ。
人によっては馬鹿だなって言われたりもしたっけ。
・・・今思えば警告とか助言とか、そういう物だったのかも知れないなぁ
他人の為に何かするのはとても良い事だと思います。
だけど・・・自己犠牲というのは違いますから
優咲がそう返すと彼は苦笑した。
手厳しいね
そんな彼の様子にふと他の人物が重なる。
・・・母がそういう人です
気付けばそんな事を呟いていた。
そうなんだ?
不思議そうに言う彼に頷く。
母はとてもお人好しです。結婚相手も暴力を振るうような人だったそうですし、離婚した理由だって私の為でした。
・・・今だって私の為に殆ど寝ずに働いている・・・そういう人です
言いながら又切なくなってくる。
そんな優咲に彼は静かに呟いた。
じゃあ君がお人好しなのも・・・そのお母さんの影響なんだろうね
え、私が・・・お人好し?
初めて言われた言葉に切なさが驚きに塗り替えられる。
しかし彼がそう言ったのは冗談でも慰めでも無かったようで、頷いた。
だって見ず知らずの僕が話し相手を頼んだらこうして着いて来てくれたでしょ?普通なら警戒して絶対に応じないよ。
それと・・・普通なら信じられないような僕の話にも付き合って、信じてくれた。
昨期僕にお人好しと自己犠牲は違うって警告もしてくれた。普通ならそんな事・・・思っても言わないよ?
・・・ほら、お人好しだ
そ、そうでしょうか・・・・・・
言われればそう思えてくるが、素直に褒められているようで恥ずかしい。
思わず目を逸らして恥ずかしがる優咲に彼は笑った。
でも僕はそういう君のお人好しの所、好きだよ
ふぇ!?
驚いて変な声が出る。
彼の「好き」という言葉には大して意味が無いとわかっていても心臓の鼓動が激しくなった。
そ、そういう言葉を・・・軽く言わないで下さい!
真っ赤になって思わず言った優咲に彼は不思議そうに言う。
え、僕何か変な事言った?
へ、変じゃないですけど・・・変に意識してしまいます
?・・・良くわからない事言うね
・・・わからなくて良いです!
言いながら更に恥ずかしくなって来て早口でそう返した。
そんな優咲を見ながら彼は何故か微笑む。
・・・そういう表情も出来るんだね
え・・・・・・
思わぬ言葉に驚く優咲に彼は嬉しそうに言った。
君は何時も無表情だからさ・・・表情が変わるの、ずっと見たかったんだ。それも明るい表情
・・・・・・・・・・
確かにずっと私は笑う事も怒る事も喜ぶ事もしていない・・・照れるなんてもっと無かった
すっごく良いよ、可愛い
か、かわ・・・・・・!?
さらりと言われて再び心臓の鼓動が激しくなってしまう。
そんな優咲に彼は笑顔で繰り返した。
うん、可愛いよ・・・ずっと見ていたい位
・・・・・・・・・・
恥ずかしくて沈黙してしまうが、そんな優咲に寂しそうに彼は言った。
だけど・・・そういう訳にもいかないよね
え・・・・・・?
問い返す優咲に彼は言う。
そろそろ夜が来るから・・・君はちゃんと家に帰らなきゃ
・・・・・・・・・・!
その言葉にハッとして空を見上げればもう星が目視出来るようになっていた。
・・・そうですね
そう返しながらも何だか彼と離れ難くてその場を動けない。
そんな優咲に彼は微笑んだ。
僕はずっとあの交差点に居るから・・・辛い事や悲しい事があったら又話しにおいで。時間が許す限りなら・・・聞いてあげられるから
・・・はい
それと、楽しい事とか幸せな事とかを誰かと共有したい時も・・・話し相手が居ないなら僕が聞くよ。・・・君が視えている間は、ね
更に言う彼の言葉に頷きそうになるが、引っ掛かりを覚えて途中で止める。
・・・私が視えている間?
不思議に思って繰り返せば彼は頷いた。
最初に言ったでしょう?
僕は普段は視えない存在。僕が視えるという事は異様な事なんだって。
だからそのうちきっと君も・・・又僕が視えなくなる筈だよ
そんな・・・・・・!
そんな悲しそうな顔しないで。本来はそれが正しいから・・・これは仕方の無い事なんだ
・・・・・・・・・・
そう言われてもやっぱり受け入れ難く、優咲は俯いてしまう。
そんな優咲の頭に彼の手が触れた。
僕が視えなくなった時はきっと君は幸せになってるか・・・なろうとしている時だよ。
だから悲しくなんて無いよ、大丈夫
あやすように撫でる手が安心させてくれる。
だからほら、今日はもう帰ろう?
あの交差点までしか僕はいけないから送ってあげられないし・・・あんまり暗くなると危ないよ。
だから、ね?
言いながら彼は優咲の頭から手を離し、そのままその手を差し出した。
そうして優咲を待つように見る。
寂しい気持ちは無くならない。だけど彼を困らせたくは無いから・・・優咲は差し出される手に自分の手を重ねた。
又会いに来よう
そんな想いを胸に秘めながら。
to be continued