大翔は最初、色々な場所を一人で歩き回っていた。それが先日、ショッピングモールに落とされ、尊臣とカベサーダに会った。そして次の日にはホテルを回り、モールとそれから学校に繋がる通路を見つけた。
また仮説かい? 聞いてみようか
俺たちがあの夢に入って毎日少しずつ変わっていったことがあったと思うんです
大翔は最初、色々な場所を一人で歩き回っていた。それが先日、ショッピングモールに落とされ、尊臣とカベサーダに会った。そして次の日にはホテルを回り、モールとそれから学校に繋がる通路を見つけた。
そして少しずつカベサーダが増えていった
最初はほとんど見なかったカベサーダだったが、一匹、二匹と日を追うごとにその数を増やし、昨日にはついに二〇を超える数が大翔たちに襲いかかってきた。そして広い空間を逃げ回っていた大翔たちに残されていたはずのモールへと続く通路は跡形もなく消え去ってしまっていた。
つまり、俺たちはあの学校に誘い込まれたんじゃないか?
学校。もっともカベサーダの数の多いあの空間に人間を引き寄せれば、簡単に食い殺せる。何かの力を使ってカベサーダたちを操れるというのならもっと簡単なことだろう。
じゃあその指導者の力が及ぶんは学校の中だけっちゅうことか
カベサーダを操ることに関しては、そうだと思う
他のことならできる、と貴様は思うわけだな
それに関しても大翔には気がついたことがあった。
だって日を追うごとにあの空間は俺たちの対策をしていたから
最初の違和感はホテルだった。前夜には物が散らかっていたロビーがきれいに片付けられていた。物で通路を塞ぎ、ホテルにいた人たちがモール側に逃げ出してからだった。通路も細く長いものから塞ぐことのできないように大きく短くなった。
さらに学校についてからは逆に物が多くなり、扉がどれも歪んで動かせば大きな音を立てた。塞げるような空間はほとんどないのだから、前に言った問題はなくなっている。ただカベサーダを引き寄せることになる罠がそこらじゅうにあるのと同じだ。
それでも対抗策を見出し、触角の弱点を知った大翔たちにその指導者は強制的にカベサーダをまとめて操り、大翔たちにけしかけた。
そして昨日は学校に俺たちを閉じ込めていた。たぶんカベサーダを操れるのは学校の中だけなんだと思う
完全にワシらを狙って殺しに来とるわけか
まるで見世物の闘技場だな。古代ローマのようだ
吐き気がする、と乃愛は吐き捨てるようにこぼした。逃げ道は塞がれ、人は目の前で死んでいく。生き残る術は逃げ切るか、相手を討ち取るかしか残っていない。
しかし、そこまでして人間を殺す理由はなんなんじゃろうな
それはわからないけど
大翔にもまだその理由は見当がついていない。食糧として狙っているのなら食い散らかした死体が残っているのはおかしいはずだ。動くものをとにかく追いかけるというだけならわざわざ探し出した人間を襲うのもおかしい。
大翔たちは黙って自分の頭の中を探ってみるが、いい答えは少しも思い浮かばない。
その時、大翔の説明が終わるのを待っていた光がパソコンの画面から顔を離し、椅子を回して大翔の方を向いた。
僕らのうちの誰かを狙っている、というのはありえないかな?
狙っている?
理由を探していた三人は神妙な表情で光を見返す。適当なことを言うな、と顔に書いてある尊臣と乃愛を見ても動じないところを見ると、それなりに自信があるようだ。
神代はモールへの通路が塞がれていた、と言ったね
あぁ
それはモールとの通路が絶たれたんじゃなく、モールそのものがなくなっている可能性が高いようだね
光は背中側にあるパソコンの画面を指差した。まったく動いているところを見たことがない旧式のパソコンの前に立って、光が指差した新型パソコンのモニターを覗き込む。そこには以前も見た巨大ネット掲示板のオカルト板、今大翔たちが直面している夢の世界のスレッドだった。
勢いは変わらずオカルト板ではトップのペースで書き込みが続いている。リンクが貼られたニュースサイトは被害者の顔や経歴をまとめているものらしい。
光がゆっくりと過去の書き込みからスクロールをしていく。書き込みの日付は昨日の夜だ。
『今夜こそ死ぬかもしれない。みんな今までありがとうな』
『そんなこと言うなよ。生き残ろうぜ』
『もう寝たくない』
夜を迎えた絶望感がスレッドの中を渦巻いていた。この時点で彼らの中にカベサーダの弱点、触角に気付いた人間はいなかったようだ。ただこれから来る恐怖と睡魔との戦いの中で必死にもがいている様子が文字からでも伝わってくる。
そして、こっちが今朝の辺りだ
光がスクロールを早めて、少しの間の書き込みを流す。深夜になれば書き込みは極端に減り、とにかく眠らないため雑談をしているものばかりになる。
そして、書き込み時間が夜の明けた頃だった。
『あの悪夢を見なかった』
『悪夢が終わったぞ! お前ら寝ろ!』
『俺は生き残ったぞおおおおおおお』
あっという間に書き込みは歓喜の色を帯びた。誰も昨夜に悪夢を見たという書き込みをしていない。お祭り騒ぎという言葉でも言い表せないほどに書き込みの速度は増していた。大翔はその書き込み一つひとつを見逃さないように目を走らせていくが、大量の書き込みの中に夢の中にいたというものはない。
これでこのスレッドは終わり。次はたたなかった
ということは昨日夢にいた人たちは
全員死んだということになるね。書き込みをしていない可能性ももちろんあるけど
光の言葉に大翔がうなだれた。大翔は昨夜、少なくとも十人の死体を見た。それ以上にあの学校のどこかで死んでしまった人がいる。あと一日、うまく逃げ延びることができれば、この書き込みとともに笑いあえたかもしれない。
つまり標的がワシらでなければ昨日でおしまいじゃった、ってことじゃな
そういうことになるね
二人の言葉はやけに嘘らしい。芝居がかった声が虚しくさえあった。二人とも昨夜で悪夢が終わるだなんて微塵も思っていない。目的が達成されたのなら、あれほどの数のカベサーダが体育倉庫に向かって襲ってくるはずもないのだから。