バレンタインの翌日。
留奈は、空いた時間を利用して、かれこれ何時間もチョコレートを作り続けていた。
バレンタインの翌日。
留奈は、空いた時間を利用して、かれこれ何時間もチョコレートを作り続けていた。
もう一度……
チョコレートの作り方は、さんざん調べあげて完全に記憶している。
板チョコを細かく刻む。
鍋で温めた生クリームと混ぜ合わせてから、ラム酒を加える。
そうしてボールに入ったチョコを冷蔵庫の中で冷やす。
簡単な作業のはずだった。
……ダメだわ。どうしてなの、この留奈が……
けれど出来上がるのは、失敗作ばかり。
とはいえ、普通の手作りチョコとしては、十分及第点といえる出来だった。
しかし留奈は、元々料理をしないクセに、やけに完成物への理想は高く、納得ができない。
できあがったチョコレートを食べては、また作っての繰り返しである。プライドだけがそうさせるわけではなかった。
できるだけ素敵な贈りもので、喜んでほしいから。
……もう一度ね……
あぁもう、どうすればいいの……バレンタイン……もう過ぎてるのに。誰に相談すればいいの……また材料買いに行かなきゃ……。
似合わない泣き言を言ってしまうくらいには、追い詰められてしまう。
……あら……ひかりから連絡……?
ふと傍らのテーブルを見ると、傍らにおいていた端末が、光を放っている。
(留奈、やっぱり昨日も様子がおかしかったけど、大丈夫かな……)
事務所でコーヒーを飲みながら窓の外を見つめていると、ミユがちょいちょい、と服をひっぱってきた。
プロデューサー、これどーぞ。えへへ……。1日遅れてごめんな? やっちゃんと自分からのバレンタインチョコ!
おぉ、ありがとう。……これは?
チョコボールズ
駄菓子だった。
あれもやりたかったんやけどなー。チョコ絞って、クッキーに字とか書く奴!
なんて書くつもりだったの?
留奈さん
留奈さん……。
そうそう聞いてな! ただでさえ美味しいチョコボールズに、奇跡が起こったんやで!
今日の朝なー? やっちゃんと一緒に、チョコボールズのアタリを探し求めてたんやけど
朝の過ごし方が独特だ
苦節十数年、ようやく見つけたで。そのパッケージにはな、なんと金の天使が入っとんねん!
ばばん、と効果音でもつきそうな勢いでミユは発表した。
元々プレゼントは、銀2枚あたりが妥協点やとおもってたのに……
やっとのことで手に入れた幸運! これ1枚でオカシな箱と交換できるんやで!
えへへ-、何が入っとるんやろな? 届いたら自分にも見せてな? せやけど、あえて交換せずにとっておく手もあるなー? ひたすら眺めて幸せを噛み締めるー
ミユはとろけそうな笑顔だ。
幸せそうだから、まあ、これでいいんだろう……。
――あ、そういえば、朝にお店で留奈さん見たで?
なんか買い物で悩んでるみたいやった。もし暇やったら一緒に行ってあげたらどうやろ?
ミユは何気なく、切り出してきた。
……プロデューサー、オッケーやって
ミユは小声で言いながら、グッと手でOKサインを出した。
う、うん。じゃあ、そういう風に留奈ちゃんにも連絡しておくね!
…これで、せってぃんぐはおわりですね。おつかれさまです
うん……。これが、チョコを渡せる良いキッカケになったらいいんだけど
留奈ちゃんのメールが嬉しそうだったから、まあ良かったけど……私、お節介じゃないかな……?
どうやろ? 分からんけど、やってみたら分かるんちゃう?
それはあたりまえでは……?
それもそうやなー。まあ、るなさんのためにやったんなら、それでええんちゃうかな
ミユは、にへらと笑いながら、ひかりの背中をぽんぽんと叩く。
途端、どたどたと廊下から、激しい足音が聞こえてきた。
――で、で、でで、デートってどういうことよ!?
るなさん、ちかくにいたんですね
い、いいから答えなさい、何がどうなってそうなるの!?
ま、まあ、さっきの連絡にはデートって書いたけど、一緒に買い物ぐらいの気持ちで、ね?
留奈ちゃん、プロさんに、用事があるんだよね
な、なな、な、な、なんで分かったのよ!?
……確かにそうだけど……!
……れ、礼は言わないわよ。どうしてこんな経緯になったのか、理由も分からないし
それに買い物の内容は言わないわよ! 絶対なんだから!
うんっ。と、とにかく、嫌じゃなくてよかったぁ
るなさん、おちついてください。おちゃをのみましょう
……も、もう
留奈は差し出された湯飲みを、しぶしぶと飲み干す。
……るなさんのたくらみは、ずっとまえから、ばればれです。…ひかりさんには…
ぶひゃあっ
お茶を吹き出した。
そして当日
で、デートだなんて、もう……ひかりたちが変なこと言うから意識しちゃうじゃない……
プロデューサーのくせに留奈を待たせるなんていい度胸だわ
苛立ちまぎれに時計を見つめるも、誰もやってこない。
もっとも、留奈が待ち合わせに1時間以上も早く来たのだから、当たり前なのだが……。
(……い、いつも……プロデューサーがいる時は、ひかりと楓がいたものね……。こんなに緊張するなんて聞いてないわよ…!)
どんなポーズで待っていればいいのかしら
こうかしら。…そ、それともこう?
な、なんだか緊張してきたわ…!!
だ、大丈夫。落ち着くのよ留奈。予習とシミュレーションは昨日したじゃない。
ちょっと、セリフを練習しときましょう―ー
あ、留奈がいた。
何をしているんだろうか。一人、窓ガラスの前でポーズを決めながら、ニッコリと笑っている。
――今日のためにこの服買ったんだけど、どうかしら?
すごく可愛いとおもうよ
ひゃあぁあっ!?
先に来てたんだね、お待たせ
何だか慌ててるみたいだけど、どうしたの?
あ、あと、えと、これは、その……!
こ、こんな、背中から声をかけられた時は、どういう返事をすればよかったのかしら……!
僕がついた途端、留奈は目をぐるぐると回して、赤面してしまい、手を動かしてあとずさっている。
なにやら一人でぶつぶつ呟いてもいるようだ。
しかし本当にずいぶんオシャレだね、留奈
ふ、ふぁ! ち、違うの、違うの!! か、勘違いしないでもらえりゅかしら!?
留奈は普段からオシャレなの! ぷ、プロデューサーのためにオシャレしただなんて、思い上がりもいいところなんだからぁ!?
る、留奈落ち着いて
う、うぅ
ミユとひかりから聞いたんだけど、今日は買い物、だよね…? とりあえず行こうか
言いながら、僕は留奈に歩み寄った。
……あ、そ、そうね? ちょ、ちょっと待って
ザザザ
……あの、留奈
歩み寄ったら、早歩きで後ずさられた。
留奈は顔を真っ赤にして、スネた子どものように強く拳を握り、うつむいている。
ね、ねえ留奈。近寄らないと一緒に行くにもいけないよ
……え、ええ、留奈もそう思うけど……!
――ザザザザザ
やはり後ずさられた。
………………る、留奈? ま、まあ、とりあえず距離はそのままでもいいから行こうか
時間が経てば経つほど、留奈の顔は真っ赤になっていく。
(な、なによ、なんなの! このドキドキ……! 病気!? 不整脈!? こんな時に!?)
(頭が真っ白になってきたわ、何の話をすればよかったかしら……!? 景気とか!? と、とにかく何でもいいから言って、あの話に繋げなきゃ!)
へえ、最近はこの辺もオシャレになったんだね
あ、あの! プロデューサー!
歩き始めた僕を引き留めるように、留奈は声をはりあげた。
前のめりになった様子からは、本当は肩に手をかけてでも引き留めたい、といった意思を感じる。
……あの
でも、二の句はなかなか出ないようだった。
きゅぅ、と口を結んでから、珍しくおどおどとした上目遣いで、僕を見つめてくる。
……話が、あるの……