その屋敷には広すぎるほどの庭があった。
その屋敷には広すぎるほどの庭があった。
昔はそこにも離れがあったようだが、数年前火事があって取り壊したそうだ
その代わりに庭を埋めつくしたのは、花だった。
数年前の火事の原因が桜の木だったということで、それを避けたほかは、
春には梅、椿、撫子、
夏には向日葵、杜若、紫陽花に半夏生、大山蓮華、
秋には芙蓉に桔梗藤袴、萩も尾花も葛花も皆、
実の生る木々も少し。
冬にもポインセチア……
などといったハイカラなものも含め、一般に知られているような花はあらゆるものがふんだんに植えられていたという。
ついた呼び名は
「花屋敷」
主人が花好きというのもそのころから有名になった。
なぜそこまで木々といわず草花といわず、手のかかる一年草でさえも毎年毎年庭を埋め尽くすまで植えるのかと、疑問を持つ者も多かった
次第に噂が立った。
『あの庭には、
離れにこっそり住んでいた主人の隠し子の
死体が埋まっている』
と。
桜の木もないというのに、どこからそんなことが囁かれだしたのかは不明だった。
そもそも戸籍上怪しいところは全くない。近隣、というほど近隣に住んでいる住民はいなかったが、不審な人の出入りの情報もなかった。
おそらく、人の出入りがないからこそ
「幽閉されていた」
と辻褄合わせをしたのだろうが……
ただの噂だと言ってしまうことは簡単だったし、この程度で警察が巻き込まれることもなかった。
五日町環が動いたのは、れっきとした事件のためだった。
その家の主人、遠巻満(とおまき みつる)氏が傷害事件を起こしたというのだ。
朝帰りした義理の息子夫婦を急に罵倒し、しまいに激昂のあげく殴りかかったらしい。
実の娘の眺(ながめ)が避けようとして転倒、軽く痣を作った。
その傷害事件には、特に不審な点はなかった。……二つの点を除いては
一つ目は、動機が不明な点。本人からは一切証言が得られていない。
二つ目は、なぜその程度で被害者が届け出たのか、ということだ
ただの家族の不和で普通警察に届け出たりはしない……。怪我も大したことは無いですね
二つ目については、概ね見当がつく
五日町は抑えたようにゆっくりと息を吐きだした。
あの屋敷は、今主人と子供の間で揉めている。
遠巻眺と夫の仁四郎(にしろう)、この二人は特に主人の満と仲が悪いらしい。
花好きの満と天体好きの二人で話が合わなかったと聞く。
仲が悪かったためにこの程度のことも許しがたかったか、認知症だとでも主張して自分たちに不利に書かれるであろう遺書を無効にしようと思っているかもしれないな
それだけのために通報までして、迷惑な話だ
……
数奇は黙って話を聞いていたが、ふと五日町の方を向いた。
それで、月がどう関係してくるというのでしょうか
Triple Meaning.
五日町は数奇を斜に見て、それから地面に目を落とした。
事件の前夜、あの屋敷に行っていた