八月某日。
五日町還(いつかまち たまき)は夜空を見ていた。
月に照らされた顔は紛れもなく女、それも陰影のはっきりとしたかなりの美人だが、口調はまるで男のようだ。
月が綺麗ですね、とは、よく言ったものだな
八月某日。
五日町還(いつかまち たまき)は夜空を見ていた。
月に照らされた顔は紛れもなく女、それも陰影のはっきりとしたかなりの美人だが、口調はまるで男のようだ。
……嫌いではありません
隣に少し嫌そうに座っている青年は、それでも小さく言った。
二つ目までなら
……二つ目か
五日町は青年を見ずに呟く。
‡ …… 「ダブルダガー」。
二重短剣符を意味する符号。
Double meaning.
「月が綺麗ですね」
かの有名なセリフにおいて、その
二つ目の意味
は明らかだ。
もしこれが恋人同士の会話だったら、気障で甘ったるいシーンなのかもしれない。
……ということに、2人とも気づいていなかった。
残念ながら(?)、2人はそういう関係にはない。
傍から見れば、警察官と協力者。
明らかに通常の警察官なら勤務時間外である真夜中に会っていることを除けば、だが。
五日町は一応、「警部」という称号を与えられている。
やや特殊なルートを通り、変わった部署に属してはいるものの、その権力は他の警部と同等のものだ。
彼女の若さから言えば、早い方だろう。
その捜査に、いつからか加わるようになったのがこの青年だ。
いつでもというわけではない。
なにしろこの青年、死体どころか料理中にできた指の切り傷すら苦手、見知らぬ人と世間話程度のコミュニケーションを取るのも苦手。
普通の捜査には到底耐えられない。
そもそも彼は、警察官ではないのだ。
もちろん、検察とかいうわけでもない。
だが、彼は、専門家(プロ)、だった。
独学のようなものだからアマチュアにあたるのかもしれない。
だが、そもそもプロのいない領域だ。
彼──数奇透(すき とおる)は、……
どうしましたか、五日町さん
いや、なんでもない。初めて会った時のことを思い出していた
事件に関係ありますか?
数奇は無表情で首をゆっくりと傾げた。
無いな
あってたまるか、という呟きを五日町が口にすることはないし、数奇も抑え込んだ感情を表に出すことはない。
今日は、三つ目の話――三つ目の意味の話ですか?
ああ。話して良いか?
……はい
青年はずっと耳に当てていたヘッドフォンを外した。
首にそっと下ろす。
それが話を始める合図だった。
夏の夜は涼しい。
甘い会話に発展することもなく、月夜の逢瀬は本題を迎える。