第三話
鬼も頼めば人食わぬ
第三話
鬼も頼めば人食わぬ
僕とアライヲさんは先日の約束通り、
楊金満さんの出張鑑定をするために
人気中華料理店「満」へと足を運んでいた。
普段は行列のできる人気店なので、
店の中休みを利用して貸し切りで
ワンタンスープを頂くことになった。
ワンタンは漢字で雲吞って書くんですよ。
この由来はスープに浮かんでいるワンタンが雲のように見えたから、それを吞むことで幸運を呼びたいというゲン担ぎの意味があるようなのです。
なかなか美しいセンスだと思いませんか?
アライヲさん、あくまで仕事で来たことを忘れないで下さいよ?
だいぶラフな格好で来てるみたいですけど
僕結構スープの汁飛ばしちゃうタイプですし、これから鑑定するにあたって軽装の方が何かと便利なんですよ。
はい、お待ちどうさま。
こちらが当店自慢のワンタンメンになります~
。サービスでカニチャーハンもつけておきました!
おお、美味しそうですね!
頂きまーす
すごい、ワンタンてこんなに美味しいんですか!?
普段食べないから知りませんでした!!
手が止まりません!
本当ですね!
このワンタンのためだけに行列が出来る理由もわかります!
ねえ、いにお君?
すいません!おかわりありますか!?
いにお君。
ちゃんとチャーハンを完食してから頼んでください。
申し訳ありません。
それがワンタンに関してはお客様一日一人一杯って決めてるんですよ。
そうしないと無くなってしまうので。
ええ!そんな~
でも確かにこんなに美味しければ毎日通ってしまいますよね。
本当にクセになるっていうか、後を引く味…いやこの包まれる優しさは美女に後ろ髪惹かれる感じっていうか…
うーん、とにかく明日もすぐに食べたい!
すごい。
いにお君が僕以上に饒舌に独り言を話している。
これはただ事ではありません!
楊様、その美味しさの秘訣はズバリ!?
ええ!秘訣ですか?
そうですねえ…
その包丁捌きや小汚い厨房の様子を
見れば彼の料理の腕が
大したことないのが
誰にでもわかった。
実際ベチョベチョの
カニチャーハンを
僕は半分ほど
食べ残してしまった。
先代の父から継いだ秘伝のスープをずっと付い足しながら作ってるんです。
これがなかったらとっくにこの店潰れてますよ。
なるほど。
それではその寸胴もかなり年季が入っていそうですが、それも先代から引き継がれたものなのですか?
いえ、あれは合羽橋通りの業務用調理器具店で買い叩いた安物ですよ。
何の価値もありません。
ところで鑑定の方なのですが、
実は見てもらいたいものというのは…
おそらく玄関にあった額縁の絵ですよね?
そびえ立つ山々と雲に囲まれたお寺の中の鐘が描かれた絵
はい、その通りです。
さすがお目が高い。
あれは先代が母国から日本に渡るとき、親戚から譲り受けたものでして。
描かれた山々と漂う雲にかけて
「凌雲の志(※1)を持って生きよ」
と託されたのだそうです。
※1凌雲の志…俗世間を超越した気高い志のこと。
ワンタンだけに、万感の思いという奴ですね。
あれは複製画ですよ?
昔から上海の空港でよく売ってました。
ええ!
ええ!
よかった。
さっきのダジャレを言ってたら洒落にならない空気になるところだった。
申し訳ないですがあの絵には値段が付きません。
これは大変お見苦しいところを。
こんな絵に値が付くだなんて…
まさに雲を掴むような話でしたな。
あはは。
ただしその…
御主人、よろしければそこの寸胴鍋を売りに出しては頂けませんか?
即金なら200万で買取させてもらいます。
に、200万ですか!?
一体何を考えているんだこの人は!
続く