第二話
鬼が出るか、蛇が出るか
第二話
鬼が出るか、蛇が出るか
ててて、店長!
なんとお客さんの可能性が!
あの…お取込み中すいません。
ちょっと見ていただきたい品物があるのですが
そうそう。来店目的は買取がほとんどなのが今のご時世ですよ
はい、ただいま~。
ほら、いにお君のんびりしてないでお茶をお出しして下さい!
香奈子さんは…惜しい!可能性ではなく、確実にお客様です。
次はしっかり見極められるように頑張りましょうね?
はーい。
ええ!もう彼女の仕事終わりですか?
せめて僕がお茶の用意をするまでの場つなぎくらいしても…
いにお君。
いま他人様の事はいいですから、まずはご自身の仕事を全うして下さい!
鬼の理不尽さ。
今回の依頼人は浅草の中華街通りで
行列のできるワンタンスープが
評判の中華店「満」
店主の楊金満さん。
鬼の形相の男が仁王立ちしている水墨画
Wow、That's Demonic!!(おお、何て悪魔的な出来なんだ!)
ひぃ!?
驚かせてしまい申し訳ありません。
骨董品を目の前にした時の彼の口癖でして、お気になさらず。
この水墨画の掛け軸に関して何かご存知ですか?
お見受けしたところ、状態も良さそうですし、さぞ大事になされていたのでは?
はあ、それが父が知人から譲り受けた中国の現代画家だというのは聞いているのですが…
私もそういった事にはうとくて、それ以外は何も。
困ったときにはこの絵を頼りにしなさいと…
現代中国画壇で巨匠と呼ばれている范曽(はんそう)の絵ですね。
江蘇省南通市出身の画家で、水墨で人物画を描く画家として中国美術の世界でとても有名で、掛け軸、絵画、書画など、買取業界においてたくさんの作品が取引されています。
三絶の人と崇められた范曽は、書・画・詩の全てに秀でていたのだそうです。
この作品は「鐘馗探山図(しょうきたんさんず)」といいます。
鐘馗とは中国で疫病神(やくびょうがみ)を追い払うという神様で、目が大きくあごひげが濃い。黒い衣冠に長ぐつを着け、剣を持っているのが特徴です。
ですからその神様を掛け軸にして家に飾ることで、魔除けにする風習があるのです。
ふう、やっと鑑定士らしい仕事をしてくれた。
いにお君、小声で何か言いましたか?
いえいえ!
それはそれは立派な掛け軸ですね。
さぞいい値段が付くんでしょうねえ?
ゴクリ
ちょっと待って、いにお君。
楊様、大変申し上げにくいのですがこの掛け軸は…
フェイク(贋作、にせもの)です。
えええ!!
あれだけ大きなリアクションをしておきながらですか!?
だから言ったでしょう?
この絵は魔除けの風習だって。
贋作は言い過ぎましたね。
氾僧のものではない鍾馗探山図、ということです。
きっと楊様の一族の生まれ故郷に住んでいた名もなき絵描きがお父様や町の人々に頼まれて描いた緻密な模倣画です。
万が一、本物の范曽ならば絶対に日本には流れてこないはずです。
ましてや個人の手にはとてもとても。
ははは、ですよね。
その絵を大事にしろといった本国の先祖の本意がわかっただけでも十分です。
ありがとうございました。
お売りいただけないのですか?
だって値段付かないでしょう?
こんな無名の画家の絵なんて。
そうですか?
20万円で引き取らせていただこうと思ったのですが。
やはり安いですかね?
20万!?
20万!?
ちょっとアライヲさん、何で贋作をそんな値段で買ったんですか!おかげで今日はマイナス10万の赤字ですよ!
いや、だから贋作ではありません。いち個人の作品ですよ。
ただちょっと年季が足りないだけなのです。
中国の地方でその画家が町の平和を願って念入りに描いた光景がありありと目に浮かぶ。
実に感動的です。
私も世界各地の本物はそれなりに見てきたつもりですよ。
この絵のクオリティは本当に高い。
ただ無名なだけ。
そこにどう色を付けるかこそが骨董商の腕の見せ所というものじゃありませんか?
ありがとうございます!
是非売らせて下さい。本当に助かります!!
OK!That's deal!
(交渉成立ですね)
あの…差し出がましいようで恐縮ですが、出張鑑定していただくことはできますか?
まだ店に大きくて持ってこれなかった品物が何点か…
喜んで!
では絶品ワンタンもかねて明日お店にお伺いさせていただきますね。
腕をふるってお持ちしております。ではまた
おいおい。
食いたいのはワンタン
なんかじゃねえだろうがよぉ、
ククク
あいつの手先、いや体中から美味そうなデモニキュリオの香りがしたよな?
何かあるぞこりゃあ。
クククッ
下がれ。まだお前の出る幕じゃない。
一人で何しゃべってるんですか?
アライヲさん?
ん?いやあ何でもないです。
いまからちゃんとお腹空かせておかないとね、今からいっしょにジョギングでも行きます?
結構です!
ちゃんと閉店作業して下さい!
そしてお父様に赤字報告もしっかりとね!
あはは。手厳しいなあ。
続く