逃げろ、と大翔の全身が叫んでいる。

 この障害物のないグラウンドならすぐに敵の姿を確認できる。大翔は自分の感覚に従って周囲を確認したが、陽の下にカベサーダの姿はない。いったいどこにいる。他の三人が不思議そうに大翔の様子を見ている中で、一人感覚を研ぎ澄ませていく。

 校舎の一階からゆっくりと歩いてきた黒い影。残っていた人間を見間違えたのだと願いたかったが、その影が少しずつ大きくなるにつれてそれが自分たちと敵対しているものだと理解する。

 大翔が手に持った武器を構え、じっとその先を見据えた。

大翔

まだ、いる

乃愛

しかたあるまい。やるか

 それぞれの武器を確認して、前に出た大翔と乃愛。もはや逃げるという考えは大翔にはなかった。後ろにたくさんの人間を連れていて、自分が逃げ出すなんてことは絶対にできない。

待ってくれ。少し様子がおかしくないかい?

 血気に逸る大翔を心配したのか、光が慌てて声をかけた。内心失敗したと思っているのだろう。ついてきた人間の存在が大翔に戦うことを選ばせる可能性を光はすっかり失念していた。

 それが原因で一度大翔が危険の中に飛び込むのを許してしまったのにだ。乃愛や尊臣すら押し退けて自分が前に立とうとする大翔の姿は、自信ではなく使命感の現れだ。

大翔

おかしい?

明らかにこちらに気付いている。それなら奴らはこちらに走ってくるはずだ。それがない

 カベサーダの動きは確かにまっすぐに大翔たちの方を向いていた。人間の存在を確認できていない時はもっと頭を振り、触角を動かして人間の居場所を探すような素振りを見せていた。そして発見した瞬間に、恐ろしい加速でこちらに飛び込んでくるのだ。

尊臣

おい。あれが自分らもアレが見えるか?

大翔

え?

乃愛

あぁ、残念だが私には見えるぞ

 珍しく尊臣が苦々しく言った。それに同じく苦々しく乃愛が答える。

 二人の見ている先、カベサーダが現れた校舎の方に向かって大翔は目を凝らす。

大翔

嘘だろ?

 一匹だと思っていたカベサーダの左から一匹、右から一匹、後ろにも一匹。

 さらにその両隣にも一匹ずつ。さらにその後ろにも。

 軍隊の行進のように三列縦隊で並んだカベサーダは今までの獣じみた行動が嘘だったかのように足並みをそろえて大翔たちの方に向かっている。

二人一組で一匹ずつでもこっちの数が足りないね

尊臣

それどころか向こうがチーム組んでくるたぁ、考えとらんかったわ

 校舎の影から明るいグラウンドの日の下にカベサーダの軍隊が姿を現した。二つの集団の距離が少しずつ近付いていく。だが、決して誰も走り出さない。それがひどく不気味だった。

 野生動物であっても複数の仲間とチームを組み、獲物を狩るということは起こる。古くは恐竜がいた時代からある当たり前の行動だ。

 だが、カベサーダは今までそれをしてこなかった。急に知性が芽生えたなどという適当な解釈では到底大翔たちは納得ができない。

乃愛

全部で、一五匹、か

尊臣

あれが本気で協力するんじゃったら、素人ばかりのワシらじゃどうにもならんぞ

 不意を打つか、多人数で隙を作らせるかが必要だ。いかに一撃で倒せる術を発見したとはいえ、あの強靭で破壊的な肉体を持つ怪物相手に一人で戦えばほぼ必ず死が待っている。相手が徒党を組むというのならなおさらのことだ。

 ふと、大翔は逃げ道を探して校舎と逆方向、道路との境を示すフェンスの方へと目をやった。学校の外はぼんやりと蜃気楼のように揺らめいている。よく見れば、グラウンドの一部も空気が湯立つようにはっきりとしないところがある。

 ここが夢の終点なのだ。

 大翔たちは気付かないままに袋小路に追いやられている。これほど四方が開かれた空間だというのに片方は行き止まりなんて考えてもいなかった。

それぞれに散って逃げるか、まとまって当たるか

 光がぶつぶつと策を口からこぼしていくが、どれも決定的なものにはなりそうもない。当たり前だ。光も大翔も、ここにいる全員があんなカベサーダを初めて見たのだから。

あいつら、倒せるんじゃなかったのかよ!

 ついに迫り来る恐怖に負けたのか、一人が尊臣を攻め立てるように叫んだ。

尊臣

倒せる。それは目の前で証明したじゃろ。じゃが、あれだけまとめてできるかは別問題じゃ

ふざけるな!

大翔

ちょっと、こんなときにケンカは

 慌てて大翔が止めに入るが、恐怖と怒りで血気だった男には届かない。

どうするんだよ、てめぇ!

尊臣

ワシに責任を問うか? 自分らが選んでついてきたんじゃろうが

勝手なこと言いやがって!

 多くの仲間を作ることはそれだけリスクが大きくなる。光は衛士たちを見て大翔にそう言った。結果として衛士は自らを囮にして死に、今もこうして敵ではない相手と必死になって戦わなくてはならなくなった。

わかった。なら好きにさせてもらう。どうせ奴らの狙いは仲間を殺したお前らだ。俺はここを離れる。お前らが食われてる間に逃げさせてもらう

 そうだろ、と男が振り向いた。ケンカの行方を見守っていた人間は男の言い分に理があると思ったらしかった。

あぁ、ここまでだ。怪物だろうと殺した罪はお前に罰が下る

お前たちにだまされてこんなことになったんだ。責任取れよ

 一人、また一人と大翔たちとの間に距離を取っていく。集団は二つに割れて、残ったのは大翔たち四人だけだった。

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