大翔は足早に歩を進めて、二つ並んだ小さな入り口、男女分かれたトイレの入り口を見つけた。そして迷うことなく女子トイレを覗き込む。
そうか、あれか
大翔は足早に歩を進めて、二つ並んだ小さな入り口、男女分かれたトイレの入り口を見つけた。そして迷うことなく女子トイレを覗き込む。
と同時に乃愛の拳が大翔の脇腹を襲った。
痛っ!
尊臣よりも容赦のない攻撃。カベサーダでも押し倒す時はもう少し紳士的なものだ。
貴様、今の状況がわかっているのか?
いや、ここがショッピングモールと繋がってて
あの細い通路をカベサーダが通れるのかはわからないが、少なくとも大翔はこの狭い通路からカベサーダが出てくるのを見たことがない。
で、どこに通路があるんだ?
大翔を睨み付けたまま、乃愛は静かな声で聞いた。大翔の見た先は何も変わったところはない普通の女子トイレだ。
ここじゃないのか
周りをぐるりと見渡してみる。中学校の構造など、どの棟のどの階でもそれほど大きくは変わらない。夢の世界の構造は歪んでいて今が何階なのかはわからないし、周囲は荒れ放題で場所を把握できそうなものはない。
延々と続く一本道の上でも似たような女子トイレがいくつ置かれているかわかったものではない。
そもそもショッピングモールが学校に併設されるわけないだろう
の、仁坊先輩はこの中学校から出たことはないんですか?
そうだな。ここ最近の夢は全てこの校内であの怪物を蹴り殺す夢ばかりだ
毎晩そんな暴力的な夢を見てよく冷静でいられるな、と大翔は頬が引き攣った。彼女にとってはそれが理想の日々なのだろうか。誰でも自分が正義のヒーローになる夢を見る。それが力の弱いものならなおさらのことだ。それにしたって、あんな強すぎる怪物に毎夜追われていても少しも動じないとなると、さすがに大翔も同意しかねる。
それはずいぶんと、余裕があるというか
いつものことだからな。貴様らの話もこうして話が通じるまで信じていなかったが
いつもって
乃愛の話を聞いていると、自分まで頭がおかしくなってきたように感じて、大翔はそこで言葉を切った。
廊下に飛び出すように付けられたネームプレートには男子トイレと女子トイレの文字が並んでいる。
でもなくなったとしたら、なんで急に通路がなくなったんだ? できた時も急だったけど
光と話して、大翔には一つの仮定があった。それは誰かの夢と誰かの夢がどんどん繋がり始めていて、その中で多くの意識を持つ人間が一つの夢の世界に存在しているというものだった。
そして広がり続ける夢はまた新しい夢との繋がりを持つ。それがあのどこともつかない無機質な細い通路だった。事実大翔が見たホテルとショッピングモールを繋ぐ通路は最初こそ細くて人が一人通れる程度だったはずなのに、次の日には立って歩けるほどにまで大きくなり、距離も短くなっていた。
それが、今度は逆だ。あったはずの、別の夢へと繋がるはずの道が閉ざされている。まるでエサを待ち続けていた食虫植物がようやく獲物を誘い込んだようで大翔は身震いした。
考えるのは全員揃ってからでいいだろう。先を急ぐぞ
あ、はい
乃愛に促されて大翔ははっと意識を戻した。なくなってしまったものは仕方がない。そこで悩んでいれば勝手に出てくるものでもない。大翔は乃愛に頷いて、延々と続く廊下の先、どこかにあるはずの一階を求めて走り出した。
何度目かの廊下を抜けて、ようやく繋がった一階の廊下から蜃気楼のかかっていない方へ向かって外に飛び出した。
グラウンドは懐かしい白土が風に舞っていた。ここだけ物が落ちることが許されなかったように現実と同じように小石一つない。その中心で何人かの仲間とともに光と尊臣が待っていた。
おう、無事じゃったか
まぁ、なんとかね
尊臣たちの方も既に何度かやりあったらしく、ところどころへこんだ金属バットと折れた竹刀をそれぞれに手に持っていた。
そっちには頼りになる先輩がいて羨ましいよ
貴様らこそ仲間を抱えて結構なことじゃないか
奴らを倒せるっちゅうたらついてきおったんじゃ
よく見ると、尊臣や光だけでなく集団の中の全員がそれぞれに何かを握っていた。
人数がいるのはありがたいよ。それでも安全とは言い切れないけどね
何匹見た?
大翔は悪い結果しか聞けないことはわかりつつも尊臣に尋ねる。
三匹じゃな
同じか
ということはもう六匹のカベサーダを倒してきたということになる。そんな数がいるのは初めてのことだ。一晩で一度もカベサーダと面と向かわなかった日もあることを考えれば、この数は明らかに異常だと言えた。
それから、通路が消えてた
モールに続くトイレのところかい?
大翔の報告に鋭く口を挟んだのは光だった。四人の中でモールと学校を繋ぐ通路を通ったのは大翔のほかには光だけだ。
閉じ込められた、って考えた方がいいだろうな
この夢を見とる奴は相当のひきこもりか、サディストかっちゅうんじゃ
どちらにせよ、僕らにはありがたくないね
グラウンドに集まった人間は今、夢の中にいる人間のうちの何パーセントだろうか。既に事切れていた人間もいた。まだ教室の扉を閉めて息を殺して時が過ぎるのを待っている人もいるかもしれない。
でもここなら見晴らしがいいし、逃げるには難しいけど戦う手段もある。協力していれば、きっと
大丈夫、と言おうとして、大翔の口は止まった。それは戦いの中で培ったと呼ぶには後ろ向きな能力だった。背筋に凍るような感覚とともに体が一瞬固まった後に、続けて熱い血が全身を巡る。一度体にあったものを洗い流すような感覚の原因は恐怖とそれに対する抵抗の表れだ。