不安と恐怖が嫌で、きっと現実逃避しちゃったんだろうな。
私はまたぼんやりとした映像を見ていた。私が泣きながら誰かに自分のことを曝け出してた映像を。今の私じゃ有り得ないのにこんなの見ちゃうのは、きっとこれが私の願望だからなんだろうな。
誰か、誰か私の涙を受け止めてくれる人……。
不安と恐怖が嫌で、きっと現実逃避しちゃったんだろうな。
私はまたぼんやりとした映像を見ていた。私が泣きながら誰かに自分のことを曝け出してた映像を。今の私じゃ有り得ないのにこんなの見ちゃうのは、きっとこれが私の願望だからなんだろうな。
誰か、誰か私の涙を受け止めてくれる人……。
目を開いたら、彼の笑顔が迎えてくれた。
おはよう。あんな状況で寝れちゃう君、やっぱりちょっと抜けてて面白い
寝て……はっ、ご、ゴメンなさい! あの、あの、傷は
待って
彼は私の言葉を遮って、私の顔に手を持っていった。私の目元を人差し指で優しく撫でると、目の湿った感覚に気づく。
辛かったんだもんね
嘘……私……
彼の手を払い除け、私は自分で涙を拭った。そして同時に後悔する。折角彼が優しく拭ってくれたのに、また独りよがりにこんなことをしていると。自己嫌悪が激しく押し寄せる。
くっ……
唇を噛み、顔を逸した私を見て、彼は、
大丈夫
と笑って言った。
でも、針が……
僕は平気だ。今は、君の話をしたい
私の話? そんなのしてる場合じゃ
堂々巡りの返事をする私に痺れを切らしたのか、彼は私の手を握って私を引き寄せた。
本気で言ってる。君の話をしたいから、君は聞いていてほしい
え? 貴方が話すの?
半ばツッコミの勢いで彼に返してしまった。普通に考えて、私の話をするなら私自身で言うのかと思っていたから。でもお陰で少し緊張が解けた気がしなくも無い。辺りの様子を伺いつつ、私は小さく頷いた。
君はね、本当はとても繊細で優しい子なんだ。だから自分が何時誰を傷つけたかわかってしまう。そして、怯えて、苦しむ
初めて会ったはずなのに、長年見てきたかのような物言いだった。……違うかもしれない。長年見てきた親や妹だってこんなこと、誰も……。
わかるなら優しくしてあげれば良いのに。普通の人はそう思うし、君だって気づいてた。けれど、君は変われない。傷つけたことを罪だと感じて、そんな罪深い自分を許せなかったからこそ。簡単に変わってしまっては、相手に失礼だと感じてる。君は真面目な子だから
真面目だなんて……違う
違わない
違うっ! だって、さっきだって私、貴男が狙われてるのは私の所為だって知ってたのに、傷が増えるのが怖くて貴男に迷惑かけた。その上、現実逃避して寝ちゃって……本当に酷い……ヒドい
有り得ない。こんなことを彼に言っている自分が有り得ないと感じた。まるで、本音を言って彼に許しを得ようとしているみたいだ。ううん、きっとそれを欲してるの。本当に駄目な人間だ。
……ほら、凄く真面目な子だ
だから違う……これは貴方に許しを得ようとしてるだけ……
もう強がらなくて大丈夫。何時もみたいに泣いて良いんだよ
……何時も?
……それとも、やっぱり人じゃないと駄目? 君の涙を受け止められる人
人じゃないと? 何時も? 私、何時も人前で泣いてなんか……。
そうだ、人前では泣いてないんだ。私は何時も、部屋の中で呟く様にベッドの上で布団を湿らせていた。其処にいるのは、何時だって……。
ね、知ってる? サボテンって、体の中は水ばかりでね、意外と繊細なんだよ? だから僕なら君の涙を受け止められるよ。
……どうして、どうして
冗談みたいなことばかり言う人。けれど、これはきっと冗談じゃ無いんだ。私のことをよく知っているのもそうだけど、それだけじゃない。彼の存在、雰囲気そのものが、そうだって語ってる。
僕は、君が優しい顔で注いでくれた水と、溢れ出た悲しみの涙で育ってきたんだ。体ん中、もう君でいっぱいだよ
彼はからかう様に私に笑った。それと正反対に、私はどうしてかその感情を抑えきれず、涙を沢山流していた。
ほらでた。大丈夫だよ、僕が君の涙で強くなるように、君も泣けば泣く程強くなれるはずだから
強くなったって……
優しくなるって凄く難しいと思う。でもね、一度優しくなれたら、君も君と関わった誰でも、笑顔になれる可能性が増えるんだよ。僕だって、雨ばかりだって辛いんだから。暖かなお日様も浴びれたら、もっと強くなって、君を守れる
もう言葉が発せないくらい泣けてくる。返事代わりに返すのは咽て出る咳ばかり。惨めだ、惨めだ。惨めだけど……何でこんな、胸が熱いんだ? 何で、こんなに心は彼を頼りたがってんの?
何時の間にか彼の胸元にしがみついている私がいた。何してんの、これサボテンなんだよって、惨めに思いながら。
でもどうしてだろうか……今は人より、サボテンの方が傷つかないのだ。
……それとね、君に言いたいことがもう一つだけあるんだ。今の、素直に弱音を吐き出してくれた君に
……なに?
大好きだよ
飼い主として……ね
大好き。凄くすごく好き
彼は私の背に手を回すと、痛い程に力強く抱きしめた。
もう最後になると思ったから、つい言っちゃった。これは、サボテンとしてじゃないよ。一人の人として
最後……?
私の頭を撫でた後、彼は自分から私を遠ざけた。そして、眉を下げながら私に笑みを向けた。悲しげな笑みを。
さっきも言ったけれど、サボテンは体のほとんどが水分なんだ
すると、彼は手を自分の背中へと持っていって手を動かす。その度、苦しげな表情に変えながら。
何……してんの?
大丈夫。きっと僕らはまた出会えるよ
答えになってない
……これはね、僕が神様に頼んだ魔法なんだ
魔法?
彼の表情は徐々に苦しみから脱力に変わっていっているような気がした。止めたいのに、彼は止めようとすると首を左右に振って話を続ける。
君を助ける為に、そして君に痛みから目を逸らさない為に。そして……僕が君を本当に、心から愛していることを伝える為に、沢山の人をサボテンに。……ね、伝わった?
……伝わったよ。だからもう
本当? 嬉しいな。……ね、最後に、君の答えを聞かせて欲しい
最後と言う言葉が妙に信憑性があって、私は激しく首を振った。受け入れたくないと、強引に彼の体に触れた。
ひゃっ……!?
その感触に、思わず手を離した。手には少し滑りのある透明な液体が付いていた。それは彼の体の至るところから流れ出ていた。
……ね、だから、触って欲しくなかったのに
それどころじゃない、早く止めないと
答えを聞かせて
な……
聞かせて!
切羽詰ったような彼の顔。何時も優しい彼の、初めて怒った姿。それが本当に彼がいなくなる感覚を強めていって、けれど何も出来なくて、自分が不甲斐なくてまた涙が溢れた。今度は声まで漏らして、これじゃあ駄々をこねる子供みたいだ。
ね、お願い……嫌いでも良いから
……好きだから
好きと言う言葉を聞くと、彼は心底嬉しそうな笑顔を私に向ける。その笑顔があまりにもこの上無く嬉しそうで、それがとても切なく見えて、私は涙を止められなかった。
好きだから……生きて欲しいんじゃない……
私がそういう頃には、彼は地面に倒れていた。とても幸せそうな顔をして。
その顔はまるで、「ね? 優しくしたら、喜ぶ人がいるでしょ?」なんて言っているかの様に。