夢か幻惑か、いっそのこと走馬灯ってヤツかもしれないな。気がついたら其処には沢山のサボテンがいた。
夢か幻惑か、いっそのこと走馬灯ってヤツかもしれないな。気がついたら其処には沢山のサボテンがいた。
未來ちゃん、こっちへおいで
未來ちゃん、おいで
未來ちゃん、未來ちゃん
同じ姿のサボテンが、声を変えて私へと迫る。表情の見えない彼等が怖くて、私はただ震えながら首を振ることしか出来なかった。
……未來ちゃん
ひゃあああああっ!!
未來ちゃん、その言葉が今では怖い。私はその場で思わず悲鳴を上げてしまった。
大丈夫、此処には君を傷つける人はもういないから
その声を聞いて私は慌てて目を開く。視界に映るのは緑色のサボテンでは無い、柔らかくトゲの無い人。それも、見知らぬ青年だった。
さっきの状況が悪夢だったのだと理解すると、私は大きく安堵した。
君、気が付いたら此処にいたんだよ。凄くうなされていたから、心配になっちゃって
……どうして、サボテンに
サボテンって?
あ、お姉ちゃん~!
この声……由加里(ゆかり)!
聞き覚えのある声、それは妹の声。母があんな状態で、父や妹は大丈夫かって心配していた。背後からやって来た声に嬉しくなり、私は咄嗟に振り返って駆け寄ろうとした。妹の姿を確認するまでは。
……いやっ
どうしたのお姉ちゃん?
私の目に映る妹らしき存在は、どう見てもサボテンなのだ。二足歩行で此方へやって来るサボテン、なのだ。
あれ、サボテン……?
青年はそう呟いてから暫く絶句した。妹は不思議そうに、「ん? ん?」と言いながら私達へと近づいてくる。迫り来る恐怖に、私は腰を抜かしてその場に座り込んでしまった。その衝撃でするりと肩からずり落ちる緩めた制服。そこから顕になった肌を見た彼は、顔色を変えてすぐさま私の手を握って強引に私を起き上がらせた。
やっぱそうか……逃げよう!
に、逃げっ!?
有無なんて聞かず、彼は私の手を引いて走り始めた。
お姉ちゃん!? 待って! 待っ……ッテヨ……
後ろで燻っている何かに未だ気づけないまま、私は彼の先導で行先の見えない道をひた走った。
どうして妹まで……
空いた片手で頭を掴み、私はズキズキと痛む頭を必死に落ち着けようとした。
多分、お母さんや妹さんだけじゃないと思うな
ど、どうして
彼の返答を待つけれど、彼は走るのに夢中でなかなか答えを返してくれない。焦りの感情から、返答を待つのを耐えられなくなった私は、声を荒げて彼に怒鳴る。
ねぇ!
ぐっ!
怒鳴ったのと、彼が苦しそうな声を上げたのは同時だった。突然のことに驚く私など気にせず、彼はすぐに表情を元に戻すと、減速していた足をまた速めた。
どうしたのよ
それどころじゃない
彼は手短に答えると、そのまま私を横抱きした。
な、何を!?
丸まって。僕に隠れるように
へ……?
来てるんだ、後ろが!
後ろ?
私は彼の後方を見た。すると、さっきのサボテン……どころか、多くのサボテンが私目掛けて走っていた。
唖然としている私の頬を、素早く鋭い何かが掠めていった。事態を把握出来たのは、もう一発来た針が私ではなく、彼の肩に突き刺さってからだった。
ちょ、ちょっと……!?
丸まって、早く!
けれど、これじゃあ貴方が……
大丈夫。君だって幾つも刺さってるじゃないか
何故それを? 疑問に思っていた私は、服がずり落ちていることを思い出した。中はキャミソールを着ていたので、腕の絆創膏の痕は丸見えだったのか。
君が見えるから、狙って刺しても来るんだ。だから隠れてくれ
その言葉を聞き、やっと彼が隠れろと言う意味が理解できた。私は素直に彼の言う通り、必死に丸まってサボテン達から隠れようとした。
あのサボテン達から逃げる最中、彼から小さな呻き声が聞こえ、その度に私を掴む力は強くなっていった。原因が私だとわかっていて彼から離れることの出来無い私は、やっぱり人を傷つけることしか出来無いのだと感じ、懺悔代わりの涙を流していた。