……未來ちゃん、未來ちゃん

未來

……私

 目を覚ますと、其処には彼ではなく、母がいた。それも、元の人間の姿をしている。

 急いで何時もサボテンを置いてある方を見る。……無い。何時も其処にあるはずのサボテンが。

未來

お母さん、サボテンは?

母親

ああ、あのね、さっき見たら破けて中の液体出てて悲惨だったからさ、捨てちゃったよ

 捨てちゃった。

 その言葉と同時に私は母の胸倉を掴んでいた。母は驚いた様に目を見開いて私を見る。掴んだ両手は震える。そんな手の真似をするみたいに、二つの瞳は激しく震え、また涙を流していた。

母親

そんなに大事なものだったの……?

未來

……大事だったよ、お母さんなんかよりよっぽど心を開けて……大好きだった

 本当はこんなトゲのある言い方をしたくなかった。それなのにどうして……。

未來

……ゴメン

母親

私こそごめんね。お母さん、未來のこともっと気付けてあげられなくて

未來

そうじゃない……彼は、彼は……

 母は、それ以上何も言わずにただ私を抱きしめた。彼とは違う柔らかい肌、痛みを和らげ、大きく包み込むような肌。確かに私は、彼の言う通り少しずつ涙を流していた。

 時は流れ、あれからもう一ヶ月も経つ。母という支えがあり、家族だけではなく、外の世界の人達とも私は少しづつ打ち解けられるようになっていた。

 だけれど、私の胸の中には、ずっと埋まらない一つの穴が残っていた。

 それは針で刺したような小さな穴だけれど、とても大きな存在。好きな、大好きな彼と言う存在。

 気がつくと彼と話したあの場所によく来てしまう。誰もいないのに、いるはずが無いのに。

未來

……神様は、人間は嫌いなのかな

 そよ風にスカートや髪が大きく揺れる。視界を覆い隠した髪が下へと下がると、目の前に以前の彼と私の残像が見えた。それが私の胸を強く刺し、また穴が一つ増えてしまった。

未來

神様、どうか彼を返して。彼は私を救おうとしただけ。彼は私の為に……何も悪いことなんてしてない。命を奪うのなら、どうか私を

 その時、強い風が私を襲った。木々が激しく揺れて音を大きくさせる。まるで、神様が私の言葉を遮ってるみたい。

未來

……それでも、私に一人で生きろと?

 冷たい雫が、頬を伝った。

 何処へ行ったっていないってわかっているはずなのに。ずっと君を求めて彷徨ってる。友達が出来て、家族も円満で、言うことなしのはずだけど、私欲張りなのかな?

 足を運んだのは、以前あのサボテンを買った場所。とは言っても、馴染みの商店街だけれど。

 あのサボテンがあったのは、花屋の一角、小さな植物コーナーだった。買ったのは五年くらい前だったかな。サボテンは、私に似てるから、って。

 うん、知ってる。此処には彼も、彼の代わりになる子もいないこと。彼は彼でしかないこと。

 私はそれでも一つ一つのサボテンを見つめていた。

そう言えばさぁ……

 耳に入ってきたその声が、彼に似ている様な気がした。私はその声の後ろ姿を急いで追い、背中を叩いた。

未來

すみません!

青年

はぁ? ……えっと、何ですか

 振り返った人は、彼に姿が似ていた。でも、全く違う。

未來

あ、あの……ゴメンなさい、人違いでした

青年

何なんだよ

 携帯電話を耳に当てたままのその人は、舌打ちをして遠くにいた若い女性の下へと駆け寄って行った。恐らく、彼女さんなのだろう。

未來

……そうよね、馬鹿みたい

 そんな風に言いながら、私はサボテンの方へと向かう。腰を屈めてサボテンを眺めるフリをして、静かに涙を流した。……駄目だな、私ってば此処最近ずっと泣き虫。

 うるうると歪む視界。沢山の色が入り混じっていた視線に、いきなり真っ白な差し色が入った。

……あの、どうかしたんですか?

 うっそ、バレてた。私は恥ずかしくなり、急いで腕で涙を拭って顔を上げた。

未來

すみません、ちょっと色々あって

大丈夫ですよ。あのね、サボテンは水を吸収して強くなるんですよ。だから、きっと君の涙を優しく吸収して、励ましてくれます

未來

有難う御座います……けど、実は知ってるんですよ、それ

 私は少し微笑みながら、彼から聞いた情報と同じ話を聞き、私はつい情緒的になる。

そうだったんですか? ……あ、そうですよね

未來

はい?

だってそれ、僕が君に言ったんですもん

 私は目を見開き、店員さんの方を見た。

 茶髪の彼と違い、黒髪でメガネをかけた男性。全然違う見た目なのに、彼をサボテンだと気づけた時のように、不思議とすんなりと認識出来た。

未來

……サボテン、君?

 声も顔も全く違う他人だと言うのに。私は彼へそう尋ねていた。

 すると、彼は太陽のような暖かい笑顔で言った。

ね、また会えたでしょ?

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