私、サボテン。

 チクチクチクチク鋭い針の様な言葉で人を傷つける。そして、そのサボテンに触れる者は誰ひとりとしていないだろう。痛みをこらえた先に、何か特別な幸せが待っているわけでも無いのだから。つまり、ローリスクノーリターンと言うわけ。

 違うな。本当は、傷つくのが嫌なだけなんだな。自分が傷つくのが怖いから、相手を傷つけるんだ。

 けれど、これも違うな。相手を傷つける度、結局私は深く傷ついているのだから。私は他人を傷つけることしか出来無い存在なんだ、と。

 サボテンは砂漠でも生きられるようにと、水を含まなくても生きていける。それと同じように、また私もこの場所で生きていけるようにと一人の友達も必要としないわけで。結局のところ、私に友達なんていらないんだ。

 ……とか言っておいて、目からは静かに涙がこぼれ落ちてるんだ。

 母の優しい呼び掛けにも、チクリと刺す様な言葉でつい返す。それは、この部屋の勉強机の上に乗っているサボテンの様に。

 母は始めは困った様な顔付きをするものの、すぐに笑顔に変えてこっちを見る。辛い顔を見せない母が健気に見えて、何だか申し訳なくて、遣る瀬無くて……ついには怠い。ドライなサボテンだって、苦しみを潤す多少なりの水は欲しているのだ。

 父の諭すような口調も時々腹が立つ、私にとって、生半可な優しさは毒でしかないんだもの。

 そして、今日も意味もなく毎日が過ぎ去っていく。

 あれ? 友達って言葉、何時覚えたんだっけ? 学校じゃ言葉だけ教わって、作り方教えてくれなかったな。それとも、先生も私と同じサボテンだったのだろうか?

 あ。そんなこと考えてたらクラス中のヤツ等がサボテンにしか見えてこないんだけど、一体絶対どうしてくれんの先生。

 なんて馬鹿みたいなことを考えていると、階段を上ってくる音が聞こえる。少し懐かしい鼻歌を歌っているので、きっと母なんだろうな。

未來(みき)ちょっとお母さんと出かけない?

未來

別にいいから、話しかけないでよ

未來

……は?

 母の声に振り返った私は驚いた。

 サボテンだ。サボテンがいる。

 目の前には、母の声を出したサボテンがいるのだ。

未來

……まさか

 両腕で目をこすって対象を再確認する。

 いや、サボテンだ。確実に私より少し背の大きめなサボテンだよ。まさに……うん、母ぐらいの。

サボテン

どうしたの? そんなに驚いて

未來

……何? その着ぐるみ

サボテン

着ぐるみ?

 大きなサボテンはその体を揺らして周囲を見渡す。二足歩行のサボテンとか、怖すぎるのだが。あと、動く度毛みたいに針をそこら中に落とすのをどうにかしてほしい。

未來

母さんの着てるソイツだよ。サボテン

サボテン

え、何~? もう、未來ってば変な冗談よしてよ

 ううん、どう見てもアンタ、サボテンだから!!

未來

どう言う意図でやってんのか知らないけど、こんなものッ!!

 私は怒鳴って、腕で母の手らしき部分を払いのけようとした。

 そしたら、母の手らしきサボテンの針が私の腕に深く突き刺さり、激痛が走った。

 腕を針からゆっくりと抜くと、刺された場所からぷくーっと血が溢れ出る。

未來

……コレ、まじ?

サボテン

未來どうしたの!?

 いや、アンタの所為だよと言いたかったが、言っても多分理解してもらえない。最善策として、

未來

大丈夫だから取り敢えず下降りて!

と、母を一階で大人しくさせることにした。

未來

……はぁ。何これ、夢?

 扉を閉めた後、一息ついてぼうっと考えてみるが、腕からは今も尚血が緩やかに流れ続けているし、足元には母の落としていった針が幾つもある。床に幾つか刺さっているものも。なんか、いつかの時代のまきびしってヤツみたい。

 コイツ達を本格的に掃除をするのは億劫だし、腕から流れている血の量もあって頭がちょっとクラクラする。落ちている針は適当に部屋の角に集め、腕に応急処置として何枚も絆創膏を貼る。作業を終えると、私は早くこの悪夢が終わって欲しいと言う思いから急いでベッドの上に乗った。

未來

……いったぁ

 まさか、ベッドにも針が刺さっていたとは。横っ腹からとろとろ流れる血に手を当て、私は半ば呆れて首を捻った。

 目に見える針は全て片付け、間違えて刺さってしまった部分には、絆創膏を使って血を止めた。貧血気味なので本当に寝ないとヤバそうだけど、また針に刺さるのでは思うとやっぱ怖い。……ので、結局現在位置は一番安全な部屋のドア付近。

未來

どうしてこんなことになっちゃったんだろ

 夢にしてはなんだか妙に痛みがリアルなんだな。寝て誤魔化そうとしたって、針が刺さって痛かったし。いいや、今となっては痛みなんてどうでも良いんだな。むしろ、快感すらちょっと感じちゃったから。

 何が一番辛いのか? それはやっぱし、母がずっとサボテンのママなのかなってこと。って、なんか上手いこと整ってしまった。

未來

ありえないよ、これは絶対、長い長い夢

 私はそう呟き、針の無いフローリングの床の上で眠った。

 私が意識を取り戻したのはどうやら夕方だったらしい。重たい瞼を開いてみると、私の部屋は見事な夕焼け色に染まっていた。

 私はすかさず辺りを見渡した。悲しいことに、まだ針は残っている。と言うことは、そう言うことなのかもしれない。そして、ズンズンと階段を登ってくる音。

 私は神とか言うのを信じたことは無かったけど、多分これは私に対する神のお告げなんだと思うな。「人を傷つけた痛みを知れ」ってね。

未來

ねぇ神様、私が悔い改めたら、母を元に戻してくれますよね?

 私はその場で、いるかもよくわからない神と言う存在に問いかける。ご丁寧に様なんて付けちゃって。

 扉の向こうからはブスブスと何かが刺さりながら階段を上がってくる効果音が聞こえる。私のいる部屋に向かって。

 私は絆創膏を止めた腕を見つめながら自然と呟いていた。

未來

……殺される

 衝いて出た様な言葉と共に、私の足は部屋の窓際へと向かっていた。

 窓を開ければ、冬特有の冷たく乾燥した風が私の顔へと押し寄せてくる。それが、まるで私に、「諦めろ」と責めている様な気がした。

未來

……何が諦めろだよ。母がサボテンのままで良いっての? ……それとも、サボテンの針でお前なんぞ死んでしまえ、と?

 外の世界を嫌った私を、きっと外も嫌ってるんだな。不思議と、風は私に罵声を浴びせている気がするんだ。負けず嫌いな私は、見えないソイツを睨みつけた。そして売られた喧嘩を買うかの様に、大きく頬を膨らまして二階の窓から飛び降りた。

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