精が出ておりますな、楓殿

あ、烏天狗様。お勤めご苦労様です

なに、覚の秘蔵っ子が初陣と聞いてな。天狗共の間でも噂になっておる

秘蔵っ子って……そんな大層な存在じゃないです

天狗様達も戦に参戦されるのですか?

残念ながら、我ら天狗は此度も留守番だ。捕らえた人間の監視が我らの主な責務。前線に出て捕虜が逃げ出しては他の妖怪に顔向けできなかろう

とはいえ、端役を頂けるようだ。此度の軍師殿はどうやら手元の駒を全て使って策を成すつもりらしい

……覚様は、あまりお好きではないみたいですが

覚殿はああ見えて潔癖な点がある。手元の駒を最大限に使う点は災禍殿と同じだが、彼は謂わば地の利を生かした策を使われる。穴を無数にあけて馬の体制を崩したりな

覚殿の考えの最優先はこちらの……あるいは双方の死傷者を抑えること。甘いと切り捨てればそれまでだが、同時に誰かが鬼と異なる価値観を提示していかねばならない。彼はそれをうまく体現できている

ええ。覚様は根はとても慈悲深いんです。2年前死にかけていた私を救ってくださったのですから

災禍殿はその逆だな。手持ちにある駒すべてを使って敵をなるべく絶望させる策を好まれる。こちらの犠牲は当然だと考える冷静さも持ち合わせている

故に覚殿とは合わぬのだろうな。策の性質も性格もまったく合わぬしな

……今更ですが、あのお二人は仲良くできるでしょうか

なに、覚殿も災禍殿もバカではない。決めるべきところでは決めてくれよう! 楓殿は信じていればよい。己の信じた主をな

千狸

…………

真狸

……なんとまぁ、原始的な火おこしっすね

千狸

……お前か

真狸

お久しぶりっすね、師匠

千狸

そっちの首尾はどうだ?

真狸

あっしは見張りのろくろ首達と指揮官の連絡とその他っすからね。師匠より大変な仕事じゃないっす

真狸

準備は万端っす。いつ狼煙を上げられても大丈夫っすよ!

千狸

……随分楽しそうだな

真狸

そりゃ師匠と同じ戦場なんて初めてっすからね。自分もここまで来たかって感じっす

千狸

……だが、忘れてはいないだろうな。私が再三お前に教えてきたことを

真狸

忍に情は必要ない

千狸

…………

真狸

覚えてるっすよ。みなし子狸だったあっしを拾った時から師匠の口癖っすもん。いやでも忘れないっす

千狸

我ら化け狸を忍部隊として編成された時から、私は情を捨てるよう律してきた。仮に私の主とお前の主が対立したら、迷いなくお前を討つだろう

真狸

あっしも、その覚悟を常に持たなければならないんすね

千狸

人間との戦など災禍様の手にかかれば早々に決着がつこう。そうなればいつ妖怪同士の戦が起きるか予想もつかん。世はいつ目まぐるしく変わるか分からんからな

真狸

きっと来ないっすよ、そんな時代。人間を黙らせたら、今度こそ平和が訪れるっす

千狸

…………

真狸

師匠、忍も信じることは許されるっすよね? あっしは、師匠や災禍の旦那と戦わない未来を信じるっす。そんな未来、来させないっすから

真狸

だから、とっとと人間どもを追い払って普通の狸に戻りましょう!また山の中追いかけっこできる日を楽しみにしてますぜ!

千狸

…………

千狸

情は、捨てろというに……

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