空は闇に覆われている。


夕陽が残していったオレンジ色は
稜線の彼方に消えた。

灰味がかった時計塔も、
白く砂埃が舞う道も、
空と同じ色に染まっている。






時計塔が時を刻む。
一時を告げる鐘が鳴る。

その音に
屋根の上で羽根を休めていた雀が
舞い上がる。












晴紘は腕時計を見る。



一時五分。


























どうやってここまで帰ってきたのか
全く憶えていない。

ただ、左腕が酷く痛む。


見ると、袖が結構大きく裂けていた。

裂け目に沿って赤黒い染みが
広がっている。























切られたことは夢ではない、と

この傷口が語っている。























犯人は……灯里、なのか?

見間違えたのなら
どんなによかっただろう。

だが彼は
自分を「晴紘」と呼んだ。




そう呼ぶのは
田舎の両親以外では灯里だけだ。















ピアノを嗜む娘の手は、やはり上手に弾くのだろうか

あの言葉は無能な俺に対しての
自己顕示欲の表れだったのだろうか。


灯里が言わなければ
俺は
犯行動機に気付くことなどなかった。








































門をくぐる。

靴底で玉砂利が鳴る。 































お帰りなさいませ



玄関の扉を開けると
取次ぎに紫季が座っていた。

ギャザーとフリルで見えないが
きっと正座だ。
三つ指までついている。

あ、ただい、



これはどうしたことだろう。

晴紘を主人の寄生虫くらいにしか
思っていないこの少女が。



滞納していた家賃の支払いを
確約させたから、
もてなしの度合いが変わったのだろうか。

外套を



彼女は立ち上がると、
甲斐甲斐しく
晴紘の肩から外套を脱がせにかかる。

背が無いので爪先立ちだ。

それはそれで愛らしいのだが、
なにかが違う。

紫季。あ、その……灯里は、いる?



紫季がこんなことをするのは
灯里にだけ、だったはず。

また俺を長とか呼ぶんじゃ……


晴弘の胸中に
一抹の不安が灯った。















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