大翔

ちはー、っと光さんだけですか?

やぁ、昨日は大変だったね

 放課後の情報部室。部員になったわけでも、何か相談をすると呼び出されたわけでもないのに大翔の足は自然と部室に向いていた。光の無事を確認しておきたかったし、尊臣が昨日どこにいたのか、そしてあの少女について何かわかったのか。聞きたいことはいくらでもある。

大翔

光さんはあの後夢の中に残ってたんですか?

いや、君が脱出してからすぐ僕も目が覚めたよ

大翔

あの、肩は

 大翔は気になっていたことを最初に問いかける。光は昨日二度もカベサーダに押し倒された。奴が大翔にしたように押さえつけるときに光の両肩を爪がえぐったに違いない。

大丈夫。すぐ助けてもらったからね。全身の筋肉痛の方が辛いくらいさ

大翔

それならいいんですけど

 光の声が十分に明るいのを聞いて、大翔は安心したように定位置になっているパイプ椅子を引いた。ほどなくして静かな廊下を踏み鳴らす音が聞こえてくる。こんな校内の一番隅に追い出された情報部の部室に来る人間は少ない。その上、こんな足音がデカい人間となれば一人しか残らない。

尊臣

おーい、おるんか?

揃っているよ。もう少し静かに歩いてくれ。精密機器もあるんだぞ

尊臣

悪いの。ちょっと確認したいことがあったんじゃ

 扉を勢いよく開けて部室に入ってきた尊臣を見て、咎めるように光は言う。しかし、尊臣には少しも届いていないようで、軽く謝るように手刀を切っただけですぐにパイプ椅子に座り込んだ。

尊臣

自分ら、昨日の夜はどうじゃった?

見ての通り、なんとか生き残ったよ

大翔

そういう橋下こそどこにいたんだ? あれだけ探し回ったのに結局見つからなかったし

 光と大翔が口々に答えたのを聞いて、尊臣は少しだけ黙った後、珍しくその巨体に似合わない小さな声で語りかけるように話しはじめた。

尊臣

昨日、ワシは夢を見んかった

見なかった?

尊臣

あぁ、じゃからてっきり終わったもんと思っとったんじゃが

 尊臣は二人の顔を見る。大翔は黙って首を横に振った。光も同じだ。

尊臣

どうやらそんな簡単にはいかんみたいじゃのお

大翔

橋下は夢は見なかったか?

尊臣

あ? あぁ、特に覚えとらんぞ

 そうか、と大翔は考え込むように口元に手を当てた。自分が見た悪夢はたまたまだったのだろうか。昨夜の夢の中で久しぶりに自分の中学校の風景を見て、それで記憶の底からあんなものを掘り出してきてしまったのだ。

どうしたんだい?

大翔

いや、実は俺もさっき授業中居眠りしちゃって。あの夢は見なかったんです

昼間には見ない夢。橋下は昨日何時に寝たんだい?

尊臣

あぁ、昨日は疲れて九時前に寝てしもうてな

大翔

小学生かよ

尊臣

授業中に寝とる奴が言うか!

 距離があるから平気だと思っていた大翔に尊臣にげんこつが飛んでくる。巨体についた片腕を思い切り伸ばした先についたげんこつは大翔の想像を超えて頭の上に振ってくる。なんというかズルいという単語が最初に浮かんできた。

 体格がいいということはそれだけで人より優れている。しかもそれが目に見えてわかる。それだけで恐れたり敬ったりするには十分過ぎる理由になる。

そうすると見なかった、と。うーん、なるほど

 大翔が頭を擦っていると光が尊臣の言葉を呪文のように何度も繰り返していた。

大翔

何か気になることでも

いや、まだよくわからないな

尊臣

しかし、すまんな。ワシから誘っておいて自分ら助けに行けんとはな

 今しがた攻撃を加えておいてどの口が言うのか。
 大翔を殴るためだけに立ち上がった尊臣は満足したようでもう一度自分の椅子に座りなおした。ここまできて大翔はなぜ自分がこう易々と尊臣にげんこつを落とされてしまうのかにようやく気がつく。別に大翔の言動が尊臣を刺激するからというわけではない。

 大翔の口が滑るのは別に尊臣だけというわけではない。千早にも軽口を叩いてはよく怒られているし、今日も居眠りをして真由に頭をはたかれた。

 大翔は外からの攻撃に対してかなり受身である。それはカベサーダに対しても同じだ。それがどれほど危険なことか、大翔は完全には認識できていない。

大翔

ま、なんとかなったんだし気にするなよ

少し危なかったけどね

尊臣

奴とやったんか!?

 尊臣が驚いて机に前かがみになって大翔の顔を覗きこんだ。それだけで食われてしまうような気分がする。これがいても絶対的な勝利が得られない。カベサーダの恐怖を一番煽っているのはもしかするとこの男かもしれない。

途中で助けが入ったからね

尊臣

助け? そうかそれはよかったが

 そもそも無事でなければ大翔も光もここにはいない。そんなことは頭のいい尊臣にはすぐにわかるはずのことだった。だからこうして冗談めかして二人は話ができるというのに。焦っている顔を見て、大翔は少しだけ安堵した。

 尊臣だって死ぬのは怖いのだ。光ももちろんそうだ。大翔も同じように恐怖を覚えている。だからこうしてチームを組んで力を合わせ、策をひねってなんとかあの恐怖の怪物から逃げようとしているのだ。

 それなのに大翔はカベサーダの攻撃を受けてしまってもいいと思ってしまう。それで誰かが助かるのであれば。

おや、どうやら英雄の来訪らしいね

 今度は廊下に規則的な軽い音が鳴っている。ほとんど誰も近寄らないこの情報部室では側の廊下を通る足音がよく聞こえる。尊臣とは違って体重も軽いし、走ってもいない。落ち着いた性格の小柄な体格とわかった。

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