六月に入ると制服も衣替えをして、薄着の肌に汗が滲む季節になります。

 私、村島和には気になることが二つあります。

 一つは同級生がみんな胸元に成長を抱えてあるいていること。そして、私の胸には希望的観測しか入っていないことです。本当にみんな私と同じ歳なのでしょうか。実は私があまりにも優秀すぎて、測らずも飛び級をしてしまっているのではないでしょうか。そんな風に思考が逃避してしまいます。

 もう一つは今学校中で話題の世界的マジシャンのことです。

噂のマジックショー、ワンコちゃんは行くの?

チケットが取れるのなら行きたいんですけど、難しいですよね

だよねぇ。ネット販売は即完売で、次は電話予約の開始日がチャンスだけど、繋がってくれるかはわからないし

 そうなのです。今、世界中で有名なマジシャン、シャーロック・ベイカーが全世界ツアーの真っ最中。二週間後の十七日にはついに日本に上陸という話題で世間は一色に染まっていました。

公演が見られるなら霧の都でも花の都でも行くのになぁ

それはちょっと遠すぎますけどね

 東京公演の後もそうやって短い期間で世界中を渡ってマジックをするのだそうです。私はなんとなく『シャーロック』という名前が気になって公演に行ってみたいと思っていたのですが、現実は簡単なことではありませんでした。

小岩くん、マジックは興味ないんですか?

ないよ。あんなものは無知な子どもをあやしているのと変わらないからね

 小岩くんはいつものようにブックカバーのかかった本を読みながら、こちらも向かずに答えてくれます。それでも前みたいに無視をされることはほとんどなくなりました。小岩くんから声をかけてくれることもほとんどないんですが、それでも大きな一歩です。

君はそんなものが好きなのか?

好き、と言いますか、最近興味が出てきたというか

 ぼんやりとぼかしながら曖昧に答えました。小岩くんは奇跡とか魔法とかそういった言葉がどうも嫌いみたいなのです。マジックは絶対にトリックがあるものですからそれを魔法だなんて言ってしまうと、機嫌が悪くなるに決まっています。私だってちゃんと学習くらいするんです。

もしチケットが取れたら行ってみませんか? 隣でトリックをバラしてもいいですから

他人の楽しみを奪わないくらいの礼儀はわきまえてる

そうですか。ではぜひ一緒に

だから僕は行かないということだ

 やはり小岩くんと仲良くなるにはまだまだ時間がかかりそうです。

あれ、ワンコちゃんフラれちゃったね

いえ、別にそういうつもりで言ったわけでは

またまた。耳もしっぽもしょんぼりしてるよ

だからついてませんってば

 私は頭の上を押さえます。もちろんそんなところに私の耳はついていないのですが。

 友達に笑って手を振り別れると、私はまた隣に座った小岩くんの方を見てみました。恥ずかしくて興味があると言い出せなかったんじゃないかと思ったんですが、こちらを少しも見ようとしないところを考えると、本当に興味がないようです。

うーん、残念です

 小岩くんが興味を持ってくれないかな、と思っていた自分の頭脳はまだまだ名探偵には及ばないみたいでした。

三話:書き置きは暗号で(事件編)Ⅰ

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